26 捕縛
(俺の罠魔法を無効化するとは!)
暗殺者は動揺を抑えながら逃走していた。
改良に改良を重ねた罠魔法は世界一だと自負していたが、邪魔された。
第二王子のリヴァイスに防がれるのは想定内。そこでリヴァイスが視察に同行した場合に備え、陽動作戦を考えていた。
まずは貧民街の人々の強い不満を高めておき、王太子のザカリアスが再度視察することに備えた下準備をした。
襲撃ポイントの予定地まで誘導。不満を訴える住民でザカリアスの周囲を取り囲み、逃げ道を塞ぐ。
そして、ザカリアス一行と協力者の住民全員を抹殺するための巨大な罠魔法を起動。
リヴァイスがいなければそれで終わり。暗殺は完了。
リヴァイスがいると防がれてしまう可能性が高いが、必ず王宮へ戻ろうとする。
それはつまり馬車へ向かうということ。
リヴァイスが警戒している以上、馬車の下に罠魔法を仕掛けにくく、見破られてしまう可能性が高い。
そこであえて別の者に罠魔法を設置させてリヴァイスの注意を引き、可能であればリヴァイスの魔力を削る。
リヴァイスは馬車の下に罠魔法を仕掛けた者が犯人だと思い、捕縛へ向かう。
馬車を失ったザカリアスは自らの足で逃げるしかなくなるが、追撃を受ける可能性を考え、路地に入って居場所を特定されにくくしようと考える。
そこで背後の方から追従する騎士達を三人目の魔導士が邪魔して引きはがし、ザカリアスを一人に追い込む。
同行者を全員引きはがせなくても、ザカリアスが疲れるか騎士を待つかで立ち止まる際、足元に罠魔法を仕掛けることができればいい。
逃げられない。リヴァイスもいない。暗殺は成功するはずだった。
(あの女のせいで!)
杖を持っているだけに、魔導士かもしれないという予想はできた。
だが、王太子が視察の際に同行させている魔導士は治療要員。女性だけに治癒士だと思った。
治癒士でも防御魔法や結界魔法を使えるが、あくまでも専門は治癒。威力の高い罠魔法であればないも同然。
(盾が見えた時点で退くべきだったかもしれない……)
足元が光るのは罠魔法の起爆が近いわけではなく、盾魔法のせいだった。
(罠魔法の魔力を吸収するだけでなく、その魔力で盾を強化するとは!)
複数魔法の行使者。相当な使い手なのは間違いなかった。
短剣を投げたが、ザカリアスが対応した。悪い意味で予想通り。
女性の集中力が途切れることもなかった。
(最悪だ。失敗だ。退避するしかない。だが、次がある。やり直せばいい。罠魔法を改良し、リヴァイスだけでなく、新たに現れた女性への対応も考えればいいだけだ!)
暗殺者がそう思った時だった。
足が止まった。引っかかっている。
「何だ?」
暗殺者は魔法陣を踏んでいた。
罠魔法の使い手である暗殺者にしてみれば、極めて初歩的とも言える罠魔法。動物を捕獲するために使用するようなもので、解除するのは簡単に思えた。
しかし。
(違うじゃないか!)
動物用に見えて実は人間を捕獲するための罠魔法。偽装罠魔法ともいう。
しかも、驚くべきはその薄さ。
すでに設置されている罠魔法には魔力があるため、魔導士に感知されやすい。
ところが、この罠魔法は極薄。魔力を薄く引き伸ばし、完全に視認できない状態にしているどころか、極めて感知しにくい状態にもしていた。
(まさか)
暗殺者は自身の目を疑った。
路地の奥の方、小さな女の子が地面に落書きをしていた。
魔力で。
女の子まで飛び石のように続く薄っすらとした円は、今まさに暗殺者が踏みつけている罠魔法だった。
「残念だよ」
暗殺者にとって一番聞きたくない声が空中から響いた。
「稀有な才能をこんなことに使うなんて」
暗殺者は屈辱に耐えながら空を見上げた。
(リヴァイス!)
暗殺者の意識はそこまで。
リヴァイスが魔法で暗殺者を気絶させた。
「ようやくだ」
リヴァイスが一人で運命に立ち向かっていた時、暗殺実行犯の魔導士は一人だと思っていた。
だが、リセットが視察に同行したことで、路地の奥から騎士に扮した暗殺者が現れた。それを考えると、最低でも二人。
リセットが留守番をしたことでリヴァイスが騎士の邪魔をしている者がいることに気づいたため、三人目がいることも発覚した。
視察に何人も魔導士を連れて行くと、暗殺決行は別日になる。それはリヴァイスのやり直しで確認されていた。
そこで、リヴァイスは王太子に同行している魔導士をリセットに代えた。自分も同行するが、見た目としては暗殺者の想定内の人数のはずだった。
狙い通り、暗殺計画が実行に移された。
馬車に罠魔法が仕掛けられた後、リヴァイスは偵察蝶を飛ばした。
罠魔法を仕掛けた術者は付近にいる。見つけるのは簡単だった。
そして、ザカリアスとリセットが逃走する方角の路地にも偵察蝶を飛ばした。
騎士達の妨害をする魔導士を発見するのも早かった。何人もの騎士を邪魔するだけに、何度も魔法を行使するだけに発見しやすい。
一番の問題は路地の奥にいる暗殺者。
騎士に扮しているのは、引き離した騎士達に遠目で目撃されても警戒されないようにするため。
暗殺を実行した後は逃走するに決まっているため、それを邪魔する必要があった。
そこで、マリンにお絵描きを頼んだ。
マリンにとって貧民街の路地は遊び場だ。子供が落書きをする光景は日常茶飯事だけに怪しまれない。
沢山絵を描くと魔力が減ってしまうため、魔力が回復するキャンディーも渡した。
お菓子を食べながら大好きな魔力の絵を描けばいいため、マリンはご機嫌で沢山の罠魔法を描いてくれた。
「僕一人じゃ何もできなかった」
リセットがいなければ、罠魔法への対抗手段が不足だった。
グリンとマリンの協力がなければ、実行犯の魔導士全員捕縛することもできなかった。
「でも、まだだ。王宮に戻らないと」
リヴァイスが手を振ると、次々と光り輝く蝶が現れた。
(騎士を呼んできて)
リヴァイスの命令に従うように蝶は方々へ飛んでいった。
お絵描きに夢中になっているマリンに近づきながら、リヴァイスは路地に描かれた絵をすべて消した。
書きかけの絵が消えたことでマリンはむっとした表情になり、リヴァイスを睨んだ。
「もっとお絵描きがしたいのに!」
「ごめん。帰る時間だ」
リヴァイスは落ち着かせるように優しく伝えた。
「マリンのおかげで悪者を捕まえることができた。だから、王宮に帰って美味しいものを食べよう。ケーキはどうかな?」
「このキャンディーがいい」
マリンは美味しくていつまでもお絵描きができる魔力補充キャンディーが気に入ったようだった。
「それは特別なお菓子なんだ。兄上に作ってくれるよう一緒に頼もう」
「うん」
「じゃあ、一緒に空を飛ぼうか」
リヴァイスはマリンを抱き上げると、空中に浮いた。
「怖かったら目をつぶって」
マリンは嬉しそうに目を輝かせていた。
「大丈夫そうだね」
リヴァイスはくすりと笑う。
黄金色に輝く蝶が飛んで来た。騎士達の姿も見える。
「その魔導士は相当な使い手だ! 魔法拘束具をつけて魔法牢に入れろ! 僕は兄上達と合流して王宮へ戻る!」
「わかりました!」
リヴァイスは空を駆けていく。
マリンはその周囲を飛ぶ黄金色の蝶に目が釘付けだった。
「あの蝶って魔法?」
「そうだよ」
「マリンも使いたい」
「そう言うと思った」
リヴァイスは答えた。
「でも、特別な魔法なんだ。僕じゃないと使えない」
「えー、狡い!」
「マリンはとても優秀だ。自分だけの蝶を使えるかもしれない。僕とリセットの結婚式に協力してくれるなら、ちょっとだけヒントを教えようかな?」
マリンはリヴァイスを睨んだ。
「あねさま、渡さないもん! ずっとマリンと一緒だもん!」
マリンの一番はリセット。
有望な弟子は、強力なライバルの一人でもあった。
次回で完結です。