25 全力を尽くす
「固まるな!」
「罠魔法を張られる!」
「距離を取れ!」
「二人一組だ! 一人は狙われやすくなる!」
走りながら騎士への指示が出た。
やがて。
「待ってください! 息が!」
リセットの声を聞き、ザカリアスは立ち止まった。
騎士はいない。
「面倒だ。持ち上げる」
ザカリアスはリセットを横に抱き上げると走り出した。
「方向がわかるか?」
「右です!」
リセットが指示を出した。
「次を左です!」
「よく覚えていられるな?」
「壁に魔力のお絵かきがあります」
「ただの落書きかと思った」
場所を教えるためにグリンが書いた絵だった。
そして。
「いました!」
グリンが。
「俺の絵を見てくれよ!」
グリンは魔力の絵を描き終わっていた。
この絵が罠魔法を足元に設置しにくくするための予防策――避難所だった。
うまくいけば、これだけで罠魔法を防ぐことができる可能性があった。
「これは……魔法陣なのか?」
「お絵描きです。降ろしてください。絵の上に避難しましょう」
ザカリアスがリセットを下ろし、二人はグリンの描いた絵の上に立った。
「前より綺麗ですね!」
「師匠のおかげだよ。俺の描いた絵で一番の傑作だ!」
「随分と細かい模様だな?」
ザカリアスもしげしげと魔法陣のような絵を見つめた。
「今日だけは絶対に手抜きをするなって師匠に言われたから」
「色が多いな?」
魔力で描かれたものは通常一色。一属性ともいう。
だが、グリンが描いた絵は色鮮やかな複色だった。
「俺、頑張れば天才級の魔導士になれるって!」
リヴァイスは天才以上の天才。そのリヴァイスに言われたのであれば、間違いないだろうとザカリアスは思った。
「王太子殿下!」
路地の奥から騎士が現れた。
ザカリアスとグリンの視線が騎士へ向く。
リセットはすでに持っていた杖をグリンの絵の外側にくっつけていた。
グリンの絵よりも大きな罠魔法が浮かび上がった。
以前、リセットがかかった罠魔法よりもはるかに大きい。
その理由はグリンがいることに加え、お絵描きがあるからだ。
しかし、想定内。
(いよいよね!)
リセットは全力を尽くせばいいだけ。
「《盾魔法》《魔力強奪》《変換》《盾強化》!」
リセットは四つの魔法を同時展開した。
通常は盾魔法だけでいいが、暗殺者の罠魔法の威力は凄まじいことがわかっている。
盾魔法だけでは安全度が低い。罠魔法の威力を抑えるか、罠魔法の発動を邪魔する方法を取るのが有効だった。
ザカリアスの足元に仕掛けられた罠魔法については、ある程度はわかっている。
暗殺者が姿を見せたのは、事前に仕掛けていたわけではないから。また、姿を見せることで自分に注意を引きつつ罠魔法を仕掛けたと仮定した。
罠魔法はすぐに爆発しなかった。
リセットに突き飛ばされたザカリアスは魔法陣が浮かび上がるのを見ており、その後で退避行動を開始した。
罠魔法内のリセットは騎士が動かないのを怪しみ、偽者だと叫んでいる。
このことから考えると、罠魔法は爆破までにある程度の時間がかかるタイプ。
有効な対応は、盾魔法で爆発に備えた防御をしつつ、罠魔法の起爆を邪魔すること。
リセットは罠魔法から魔力を強制的に奪う方法を教えて貰った。
そして、奪った魔力を自分のものにして盾の強化に使う方法も学んだ。
そのおかげで、盾魔法で出現させた魔法の盾を維持する魔力に困ることはない。
罠魔法がある限り、そこからどんどん魔力を奪って盾を維持できるばかりか、強化もできる。
魔力を奪われてしまうからこそ、罠魔法はいつまで経っても爆破しない。
暗殺者が魔力を充填しても、リセットがそれ以上に魔力を奪ってしまえば、爆発させることは不可能なはずだった。
(罠魔法の魔力を全部奪って、完全に無効化してやるわ!)
リセットはやり遂げたい。
必ずできると信じてくれているリヴァイスに応えたかった。
「うわっ!」
グリンが叫んだ。
騎士に扮した暗殺者は起爆を邪魔しているリセットに次々と短剣を投げつけた。
魔法行使に手を使わない術者であるからこそ可能な物理攻撃だったが、素早く剣を抜いたザカリアスが全ての短剣を弾き飛ばした。
「無効化完了!」
リセットは勝利を叫んだ。
魔力を完全に吸い取られた罠魔法は消失した。
足元にあるのは白銀色に輝く魔法の盾。
リセットが罠魔法から吸い取った魔力を注ぎに注ぎ込んで強化したものだ。
何度罠魔法を設置されても、リセットは罠魔法を無効化できる。
すぐに爆発するタイプに切り替えられても、最高に強化された魔法の盾で防げる。
完全に勝負はついていた。
暗殺者の姿はない。すでに逃走していた。
「四つの魔法を同時展開できるとは思わなかった」
ザカリアスは驚愕していた。
「リセット、何の魔法を使った?」
「盾と強奪と変換と強化です」
(強奪か)
魔力強奪の魔法は相手から容赦なく魔力を奪うため、凶悪な部類。禁術指定されていた。
だというのに、リヴァイスはリセットに教えた。
(教えるのも使うのも禁止だというのに)
だが、こっそり取得を目指す者はいる。
覚えるのは禁止になっていないため、独学で学べば取得できるという抜け道があった。
あくまでも非常時用。王太子であるザカリアスを救うためという理由であれば仕方がないという判断になるのも目に見えていた。
ザカリアスはリセットをじっと見つめた。
「まあ、王子妃だからな」
禁術なのは許可がない者。王家の者はそもそも対象外。
「え?」
「無事を知らせる合図を送れ」
「グリン、魔法花火を打ち上げてね」
「了解」
グリンが宙に素早く魔力で絵を描き、手で軽く触れた。
あっという間に魔法が発動して、花火が上がった。
「昼間はあんまし映えないね」
「もっと魔力を込めれば良かった気がするけれど?」
「手抜きじゃない! 急いで描いたからだよ!」
魔法花火はザカリアスの無事を知らせる合図。
一人も命を失うことなく、ザカリアスの暗殺は阻止された。
「俺、役立った?」
「まあまあだな」
グリンの問いに答えたのはザカリアス。
「もっと勉強をしろ。才能がもったいない」
「勉強して花火職人になりたいな。儲かりそう」
「全然わかってないな」
グリンが描く特殊な魔力の絵、魔法花火をあっという間に描いて発動させる能力があれば、天才級の魔導士になれる可能性がある。
花火職人になるのは、あまりにも勿体ない進路だった。
「だが、よくやった。お前には人を救うための才能と心があることが証明された。それは素晴らしいものだ。胸を張って誇ればいい」
ザカリアスはそう言いながら、グリンの頭を撫でた。
「褒められるのは嬉しい。人を救えるのも気持ちがいいな!」
グリンは笑顔を浮かべた。




