21 魔法特訓
茶会が終わると、リセットは王宮図書館に行った。
「リセット」
リヴァイスが声をかけて来た。
「会えて嬉しいよ」
「私も嬉しいです」
「……もっと嬉しくなってしまったよ。リセットは僕を喜ばせるのが上手だね?」
リヴァイスは照れていた。
素の自分を見せるリヴァイスを見たリセットもより嬉しくなった。
「喜んでいただけて光栄です。私、今日の茶会で王子妃候補の宣言をしました」
「え?」
「私はリヴァイス様と親しくなりたいのです。駄目でしょうか?」
「駄目じゃない! とても嬉しいよ!」
リヴァイスは喜んだ。
「良かったです。毎週お会いするのが楽しみです」
「僕も同じ気持ちだよ。じゃあ、二人だけになれる場所に行こうか」
「はい」
二人は禁書庫に併設されている魔法訓練室に移動した。
「魔法書は読めた?」
「読めました」
魔法書は特殊文字で書かれている。
これは一般的な文字でもなければ、魔法を行使するための文字でもない。あくまでも魔法書物のための文字。
魔導士は最低でも三種類の言語を理解する必要がある。
「リセットの母君のおかげだね」
リセットが魔法書の特殊文字を読めるのは、亡くなった母親のおかげだった。
母親は魔力が豊富だけに魔法の知識はあった。自分に似てリセットの魔力が多くなるかもしれないと考え、魔法学校の入学を見据えた勉強、魔法書の特殊文字を教えていた。
幼少時のことだけに基礎の部分だけではあるが、それができているかどうかの差は極めて大きかった。
「じゃあ、宿題の方を見てみようか」
「実技の方ですか? 翻訳の方ですか?」
「実技優先かな」
リヴァイスは両手を前へ差し出した。
「やろうか」
「はい」
リセットも両手を差し出すと、互いに手を合わせた。
「いつでも」
「では」
リセットは集中しながら、手に魔力を集めた。
「上手だよ。頑張って」
褒められたリセットは嬉しくなったが、集中は切らさない。
(感情は強い力を生み出せる。嬉しい気持ちも力にできる。魔力にも)
どんどん魔力が集まって来るのをリヴァイスは感じた。
「止めて」
ピタリ。
魔力の流れが止まった。
「凄いな。できているよ。普通に。スムーズだった」
「基本中の基本です。感覚を思い出してしまえば簡単です」
自身の中にある魔力を感じ、それを意図した場所に集めることも、リセットは母親から習っていた。
「もしかして、全身からも出せる?」
「子供の頃はできてましたけれど、今は体が大きいのでわかりません」
「そうか。確かに大人の方が魔力を多く必要とするからね。まあ、試してみようか」
リヴァイスは魔力の流れを感じられる。大丈夫だろうと思った。
「わかりました。抱きつけばいいですか?」
リヴァイス一瞬固まった。
「え?」
「全身から魔力を出すわけですよね?」
「そうだね」
「リヴァイス様をギュっとすればいいわけですよね?」
リセットと母親がどのようにして訓練していたのかをリヴァイスは察した。
「そういう方法もあるけれど、僕は母親じゃないから」
嬉しい気持ちと困った気持ちの板挟みになりつつも、リヴァイスは冷静になるよう努めた。
「でも、師匠ですから」
「異性だし」
「禁書庫に出入りする時、必ず私を抱きしめていますよね?」
リヴァイスは黙り込んだ。
「あれは転移の魔法陣でふらつかないようにするためだと思っていますが、あれと同じですよね?」
「……そうだね」
「では、お願いします。そこそこ自信があるので、一回で合格を貰える気がします」
「じゃあ、まあ、一回だから」
リヴァイスは顔を赤くしながら了承した。
「師匠」
「な、何かな?」
「私は弟子です。訓練中は照れないでください。本気の本気、真剣そのものですから!」
「ごめん。邪な気持ちを捨てないとだね」
弟子に注意され、師匠は猛反省した。
リセットは宣言通り、一回で合格した。
「有望だ」
リヴァイスの魔導士的な感覚として。
「盾魔法、やってみようか」
「ぜひ!」
「じゃあ、我流だけど」
リヴァイスがそう言うと、足元に何重もの輪が描かれた。
すべて、魔力の絵。
一瞬の出来事にリセットは驚いた。
「これは訓練用に出した。一番小さい輪は僕の肩幅だ。この分の盾を作り出せば、上方に威力がある罠魔法は防げる」
「では、盾のサイズは王太子殿下の肩幅以上が目安ですね?」
「その通り」
話が早くて助かるとリヴァイスは思った。
「盾魔法には手を使うことが多い。片手に武器を持つから、もう片方の手で出す。これはわかる?」
「わかります」
「じゃあ、罠魔法に対抗するためには、どこに出した方がいい?」
「足元ですよね?」
「そうだ。じゃあ、どの部位を使って魔法を行使するのがいいかな?」
「まさか、足で魔法を使うのですか?」
「正解」
リヴァイスはにっこり微笑んだ。
「普通は手に盾を出す練習からするけれど、リセットは足から出す練習をしよう。その方が早く対応できる。両足だけに、二つの盾を同時に出すこともできるよね?」
「えっ?」
リセットは驚いた。
「二つですか?」
「そう、二つ。全く同じ盾を二重にしてもいいし、別の種類の盾を重ねてもいい」
二重の場合は一方が破壊されてももう一つが残りやすくなる。二種類の場合は、通常攻撃と特殊攻撃に対応する別々の盾を出すと有効だということをリヴァイスは説明した。
(なんだか、急にレベルが高い話になったような……)
リセットは心の中で呟いた。
「足から出すということは、手は使わない。手は別の魔法に使えるわけだ。そうなると、四つの魔法を同時に使うこともできるね?」
「四つの魔法を同時に……」
「複数種類の魔法を同時に行使するのは上級者だ。最初は一つだけで練習するけれど、ゆくゆくは複数の魔法を同時に行使することを見据えて練習しよう」
(すでに考え方が上級レベル……)
まだ一つの魔法も使えないリセットはそう思った。
「じゃあ、足で盾を出せる練習をしようと言いたいところだけど、初心者には難しい」
リヴァイスは床に座ると手をついた。
「こんな風に座り込んで、手で魔力を出して床に広げる感じかな。それを練習しておくと、盾魔法の呪文が成功しやすくなる。盾のサイズ調整も簡単になる」
「わかりました!」
「じゃあ、座って手をついて。僕の出した円を満たすように魔力でお絵描きしよう。魔力のお絵描きはできるかな?」
「できます」
「絵を描いて」
リセットは床に座ると円の端に手を置いた。
「中心点に手を置いて。均等に出して」
「はい」
リセットは円の中心に手を置くと、均等に出すように心がけながら魔力を広げた。
「速度よりは厚みが重要だ。ゆっくりでも厚く出した方がいい。どんどん広げなければいけないし、盾だからね? 丈夫でないと出す意味がない」
「はい」
「もう一回やってみよう」
「わかりました」
何度も魔力を出して広げる練習が始まった。
呪文を何度も詠唱する練習を予想していたリセットには意外だった。
やがて、特訓が終わった。
「ここまでにしよう。しっかり休んで魔力を回復させておくこと。それから」
リヴァイスは大陸最大の領土を誇っていた大王の本を用意していた。
「これを勧めるよ。リセットの名前で借りておいた。きっと茶会で役立つよ」
リセットは大王の本を受け取った。
「前々から気になっていたのですが、リヴァイス様はこのような本が好きなのですか?」
「大王は魔導士だから」
「なるほど」
「子供の頃、僕は病弱でね。兄上がこの本を薦めてくれた。この情報は役立つと思うよ?」
「絶対に役立ちます!」
二人は頷き合った。
予想通り、翌週の茶会は大王の本の話題でもちきり。
子供の頃、病弱だった第二王子に王太子が勧めたというエピソードは令嬢達の感動を誘った。
誰がリセットの次に本を借りるかでトランプ勝負をすることになった。
(反応がわかっているのは楽だけど、あそこまで盛り上がるのは予想外だったわ)
リセットは王宮図書館に向かった。
リヴァイスが待っていた。
「あの本はどう? 役に立った?」
「それはもう。凄かったです」
王太子と第二王子の麗しい兄弟愛のエピソード付きの本だけに、王太子妃候補の全員が借りたがった。
「良かった。他にもお勧めしたいことがあるんだ。行こうか」
「はい」
二人が行くのは禁書庫に併設された魔法訓練室。
「じゃあ、この間の続きを」
「それなんですけれど、魔法の盾は出せるようになりました」
「えっ、もう盾を出せるの?」
リヴァイスは驚いた。
「はい。うっすらとした感じですけれど」
リセットは屋敷でも懸命に練習をしていた。
「呪文式だよね?」
「そうです」
「やってみてくれるかな?」
「《盾魔法》」
リセットは短縮呪文で魔法の盾を出した。足元に。
「短縮呪文で出せるのか」
「さっさと盾を出さないと、罠魔法に対応できないと思って」
「……リセットには才能がある」
リヴァイスは本心からそう思っていた。
「兄上というか、誰かを守りたい気持ちが強いせいかもしれない」
「大切な人を失う辛さはわかっています。お母様が病気で死んでしまったので」
リヴァイスはリセットの中にある強い気持ちが育まれた理由を理解した。
「リセット」
リヴァイスはリセットを抱きしめずにはいられなかった。
「側にいる。僕が支えるよ」
「リヴァイス様」
リセットはリヴァイスの気持ちが嬉しくてその胸に寄り掛かった。
「ありがとうございます。嬉しいです」
「……少しは僕のことを好きになってくれた?」
「好きです」
リセットは素直にそう言えた。
「誰よりも信頼しています。一緒に頑張ろうと思っています。でも」
「でも?」
「まずは王太子殿下の暗殺を食い止めないと。大事なことに集中しましょう。私達は師弟でもありますが、同志でもあります!」
「そうだね」
リヴァイスは笑みを浮かべた。
リセットの気持ちも覚悟も嬉しかった。
「頑張ろう。僕達の力を合わせれば、必ず運命を変えられる!」
「はい!」
二人は決意を込めて頷き合った。