18 運命への挑戦
目覚めたリセットは部屋に来た召使いに日付を確認した。
王太子妃候補の選考会の日だった。
「今度こそ。リヴァイス様もそう思っているはずだわ」
最初は単に間違いや失敗したことをなしにしたいという気持ちだった。
未来を知っているはずだというのに、変えられない無力さを知り、後悔を重ねた。
だが、現在のリセットには自信がある。強い想いが溢れていた。
(私は運命を変えることができた。もう一度、変えて見せる。ハッピーエンドにするわ!)
リセットの挑戦が始まった。
王宮で開かれる王太子妃候補の選考会にリセットは参加した。
何度も参加しているだけに、周囲を見る余裕があった。
美しく着飾っている令嬢が本当に多い。誰もが王太子の目に留めるため、最高に着飾っているのだとリセットは感じた。
――形見の品を落としてしまうのはよくない。だから、選考会にはつけていかないこと。またやり直しになって、僕の言葉を覚えていたらそうして欲しい。いいね?
リヴァイスの言葉を思い出したリセットは、それが正しい選択だったと思った。
(よくよく考えたらそうよね。お母様も呆れているわ。わざわざ落とすのがわかっていてつけていくなんて)
リセットがザカリアスのことを気にしたきっかけは小花の髪飾りだった。
リセットにとってザカリアスは王太子。雲の上の存在。結婚できるとはまったく思っていなかった。王太子妃候補に選ばれることも予想外。釣り合わない。無理だと思い候補を辞退した。
だというのに、髪飾りのことでザカリアスのことを都合よく美化していた。
ザカリアスが髪飾りを持っていたわけではない。見せるよう騎士に言っただけ。
髪飾りを持っていたのは騎士だった。それを考えれば、見つけたのも拾ったのも騎士で、ザカリアスはそれを知っていた。それで騎士に声をかけた可能性もあった。
本当に髪飾りを見つけて拾ってくれたのはリヴァイス。
それが真実だった。
(お母様が縁を結ぼうとしてくれていたのは、リヴァイス様だったのかもしれないわよね)
それもまたリセットの勝手な考え。都合よく美化しているのかもしれないが、それでもいいとリセットは思った。
何度もやり直したせいで、様々な知識と経験が混在している。本当は一度しかなかったはずのことが何度も起きているせいで、混乱しそうになる。
しかし、その中から何を選び取るのかは常にリセット自身に委ねられていた。
(私以上にやり直しを重ねているリヴァイス様はもっと大変だわ。それでも、王太子殿下を絶対に助けようとしている。本当に凄いわ)
リヴァイスは兄を守るためであれば何でもする。自身の持てる力の限りを尽くす。命も懸ける。その覚悟は本物だった。だからこそ、やり直している。
愛する者を救うため全力で運命に挑むリヴァイスをリセットは凄いと感じた。
(リヴァイス様の力になりたい)
そして、
(伝えないといけないわ)
リヴァイスは特別な魔法で何度もやり直すことをエゴだと思っている。
弟であるリヴァイスから見れば、愛する兄を救うための行動という意味でそれは正しいのかもしれない。
だが、リセットは別の見方もできることを知っている。
リヴァイスは王太子を救おうとしている。
優秀な王太子を失うかどうかはこの国と国民の未来を左右する大問題で、王太子の暗殺を防ぐために全力を尽くすのは当たり前のこと。
リヴァイスがしていることは正当な行為だった。
「私が教えてあげないと!」
リセットが支えて守りたいのは王太子のザカリアスだけではない。
それ以上にリヴァイスを支え、守りたいと思うようになっていた。
「何を教えるの?」
近くにいた令嬢がリセットの言葉に反応した。
「え?」
「今、言っていたでしょう? 教えてあげないとって。問題でもあるの?」
「あ、えっと……」
リセットは困ったが、すぐに思いついた。
「挨拶するまでにはかなりの時間があります。ただ待つだけだと暇ですよね?」
「そうね」
「これほど大勢の女性が集まる機会は滅多にないので、仲良くなれそうな相手を探すのはどうかと思って。それをここにいる女性達に教えてあげたいなと」
「素敵なアイディアね!」
令嬢はにっこりと微笑んだ。
「正直、挨拶するまで時間がかかるでしょう? 先に挨拶する順番を通知して、予定時間を教えてくれればいいのにと思っていたのよ」
「そうですね。午前中の方はともかく、午後だと相当な待ち時間です」
「わかってないわね」
別の令嬢が話しかけて来た。
「挨拶する時間が一人当たりどの程度かかるかなんてわからないわ。すぐに終わる者もいれば、目に留まって長くなる者もいるでしょう?」
「それもそうですね」
「確かに」
「予定よりも早く進行しているのに、まだだと思って挨拶する女性が王宮に来ていなかったらどうするの? 不敬になってしまうわ。そうならないよう全員が午前中から来るのよ」
「なるほど」
「不敬にならないようにするためなのね」
「私は違うと思うわよ」
別の令嬢が割り込んで来た。
「選考会には午前と午後があるわ。分けてしまうと、午前中に挨拶する者は昼食を食べる必要がないわよね?」
「そうですね」
「挨拶が終わったら帰ればいいものね」
「午後から来る者だけ昼食付きだと不公平だわ。つまり、公平にするためよ!」
「なるほど」
「そうだったのね!」
「待って」
更に別の令嬢が加わった。
「本当は午前と午後の二つにしっかり分けて、昼食の用意はなしにした方がいいのよ。なのに、選考会に参加する女性全員分の昼食を用意しているでしょう? 王家による女性達への寛大な配慮だわ」
「色々な意見があるわね」
「どれが当たりかしら?」
「全部でいいのでは?」
リセットが意見を出した。
「どれも納得の理由です。多くの理由を満たす最善の方法が選ばれたのでは?」
「そうかも」
「そうね!」
「ということは、女性達で仲良くできるようにという理由も正解ね?」
「きっとそうだわ!」
「これも縁だわ。自己紹介をしましょうよ」
「賛成!」
リセットの側に集まった女性達は続々と自己紹介を始めた。
それに気づき、退屈していた女性や興味を引かれた女性達も集まって来た。
挨拶を待つだけの時間が、多くの女性達と知り合い、交流する時間に変わった。
緊張と不安を抱えていた多くの女性達が救われた。
午後になった。
母親の形見である髪飾りをつけてこなかったリセットは、いつ落とすかわからないという心配をしなくてすんだ。
同じような年齢の令嬢達と知り合い、会話を楽しむこともできている。
これまでの記憶において、一番楽しい選考会を過ごしていた。
(王太子妃候補の令嬢と仲良くするより、選考会で知り合った令嬢と友人になる方が正解ね!)
ライバル心むき出しの高貴な女性達と仲良くできるかもしれないという考え自体が甘かったのだとリセットは反省した。
普段は親しくても勝負の時は別という者は多くいる。
ならば、王太子妃の座をかけた勝負が始まる前に親しくしておけばいいということに気づくことができた。
「リセットはそろそろ時間じゃない?」
「そうね。リセットは行かないとだわ」
「早めに並んでいた方がいいわよね」
すでに名前で呼び合うほど、リセットは知り合った女性達と仲良くなっていた。
「そうね。教えてくれてありがとう!」
「頑張って!」
「挨拶をしっかりね!」
「すぐ終わるから大丈夫よ!」
笑顔で励まされたリセットの気分は晴れやかだった。
(選考会がこんなに楽しいなんて……)
今までの自分がいかに損をしていたか、失敗していたかをリセットは実感した。
そして、ついに挨拶の時が訪れた。
黄金色の椅子にはザカリアスが悠然と座り、その側にはリヴァイスが立っていた。
(リヴァイス様がいるのは初めてかも?)
変更点をまた見つけたとリセットは思った。
前の令嬢はザカリアスとリヴァイスの両方に挨拶していたため、リセットも同じように挨拶することにした。
「王太子殿下、第二王子殿下にご挨拶申し上げます。リセット・エファールと申します」
友人になった女性の助言に従い、リセットは自分にできる最高に美しい一礼を披露した。
「なかなかいい」
ザカリアスが感想を言ったため、周囲がどよめいた。
「礼が美しかった。場に慣れている感じもした」
(さすが王太子殿下。おっしゃる通り慣れています!)
リセットはザカリアスの眼力に感服した。
「そうですね」
隣にいるリヴァイスは面白いと思っていることが明らかな表情だった。
(やり直しをしているだけに当たり前だと思っていそう)
リセットがリヴァイスを見ると、視線が合った。
「僕の候補にしたいです。王子妃候補の選考会であれば」
リヴァイスがそう言うと、先ほどよりも大きなどよめきが起きた。
「検討してもいい。次の者」
リセットはドキドキしながらその場を立ち去った。
このような挨拶は初めてのこと。
最初に変更してしまうと、この後のことがどんどん変わってしまうのではないかとリセットは思わずにはいられない。
だが、すでに前とは違うことがいくつもある。
リセットは小花の髪飾りをつけていない。多くの女性達と知り合い、楽しい選考会を過ごしている。挨拶の時、ザカリアスの側にリヴァイスがいたのも変更点の一つだ。
初日から新しい変更を加えることで、この後の未来を大きく変えようとしているのではないかとリセットは感じた。
(小刻みに変えても大筋の流れは変わらないようだし、それを変えるためのやり直しなのかもしれないわね)
リセットは屋敷に戻り、無事挨拶できたことを父親に伝えた。
「美しい礼だって王太子殿下からお褒めの言葉をいただいたわ」
「それはよかった! もしかすると、目に留まったかもしれないな?」
「それはないわ」
リセットはきっぱりと答えた。
「どちらかというと、第二王子殿下の方がそれらしいことを言っていたわ」
「さすが私の娘だ! 母親に似て美人だからな!」
「王宮では標準よ。綺麗な女性が沢山いたわ」
「ドレスの差だ。宝飾品の差かもしれない。小花の髪飾りをつけていかなかったのだろう?」
「あれは冠婚葬祭用だから」
「まあそうだな。王宮で落としたら大変だ。見つからないかもしれない」
リセットは髪飾りのエピソードがないことを残念に思った。
(よくよく考えると、素敵な思い出よね)
今回の選考会では起きない。だが、リセットの記憶には残っている。
突然、王太子に呼び止められ、いつの間にか落とした髪飾りを渡される。
恋愛小説の中であれば、運命の出会いのような場面だ。
本当はリヴァイスが髪飾りを見つけ、持ち主を探してくれるよう兄に頼んだことも、リセットと相思相愛になるために自分で渡してみたことも知っている。
母親の形見を大切にした方がいいというリヴァイスの言葉も覚えている。
素敵な思い出は繰り返されることによって、より特別な思い出になっていた。
「夜の舞踏会は同じね。リヴァイス様の婚約者になるためには、先に王太子妃候補にならないとだもの」
リセットの予想は当たった。
夜の舞踏会で選考会の結果が発表され、リセットは王太子妃候補の一人に選ばれていた。