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16 支える者



「私も行きます」


 リセットにも覚悟があった。


 怖くても勇気を出せる。大切なものを守るために。


 それはリセットの中にある真の強さだった。


「初めて王太子殿下を守れたわけですよね? それはきっと私が一緒に行ったからです」


 王太子は多くの護衛に守られているような気がするが、実際は護衛とはぐれてしまう状況にもなる。


 貧民街で記憶喪失になった時や襲撃を受けた時がそうだった。


 一人では様々な場所を警戒しきれない。


 騎士が王太子を見つけて声をかけた瞬間、足元に罠魔法が現れた。その際、王太子は咄嗟に騎士の方を見てしまう。そのせいで罠魔法を避けられない。


(王太子殿下は罠魔法で死んでしまう。助かるためには、罠魔法を避けるために突き飛ばす者が必要になるんだわ)


 それができるのは自分だけだとリセットは思った。


「私が一緒に行かなければ、王太子殿下を罠魔法から守れません!」

「魔法具を持たせてみる。さすがに当日だと準備しにくい」


 リヴァイスは答えた。


「ただ、罠魔法にかかっても、それを防ぐ手段自体は多くあるんだ」


 罠結界は下から爆発するというのが特徴だ。足元の防御を強化すればいい。


「わかりやすい方法だと、足元に盾魔法を使う。そうすれば盾魔法が爆発を防いでくれる」


 盾魔法は自分に向かって来る攻撃を防ぐ。一方向限定だが防御力がある。地面に向かって盾魔法を使えば、罠魔法の効力から身を守れる。


「なるほど」

「でも、兄上は魔法が苦手だ。防具をできるだけ強化していたけれど、相手もその程度のことは考えつく。防具では防ぎきれないほどの威力を凝縮させているようだ」


 前回、足元に罠魔法が現れた時、リヴァイスは盾魔法を足元に展開させた。


 咄嗟だっただけに全力ではなかったが、相当な防御力のはずだった。だというのに、相殺するのが精いっぱいだった。


「暗殺者は相当な使い手だ。罠魔法についてはね」

「それは思いました」


 強力な魔法の行使や大きな魔法陣を描くには時間がかかる。それが常識。だというのに、驚くほど早かった。


 それだけ凄い使い手だということだとリセットは思った。


「足元に罠魔法を仕掛けられないようにする方法はないのですか?」

「ある。普通は多重かけが難しい。先にかけた魔法のせいで次にかけた魔法の効きが悪かったり、かけれなかったりする。共存しないと駄目なんだ」


 罠魔法も同じ。足元に何かしらの魔法があると、それとの共存が必要になる。普通は仕掛けられない。


 路地で巨大な罠魔法が発動した時は、結界の下に仕掛けられた。


 結界と共存できる罠魔法。つまり、結界では防げない凶悪な罠魔法だった。


「兄上の足下に現れる罠魔法がどんなものかわからない。結界を張っていても共存してしまうタイプだと、相当な防御力が必要だ」

「高度な盾魔法で防御しないと駄目だということですね?」

「そうなる」

「私に使えないでしょうか? 魔力はあります」

「使い方を習ってないよね?」

「実技は全然できません。知識もないよりましな程度です」


 魔法は一つ間違えると訓練中に死んでしまう。そのせいで跡継ぎは魔力があっても知識程度。実技を訓練しないようにするのが一般的だった。


「すぐに魔法を覚えたとしても、防御力がないと思う。防げないよ」

「それもそうですね」


 リヴァイスは考え込んだ。


「でも」

「でも?」

「リセットは記憶を持っている。正直、僕以外の誰かがやり直す前のことを覚えているとは思ってもみなかった」

「普通はそうですよね」

「念のために確認するけれど、覚えているのは今回が初めて?」

「実は違います」


 リセットは何度も記憶があり、誰かが過去に戻ってやり直しているようだと思っていたことを話した。


「僕がやり直ししていることもわかっていたのかな?」

「それがわかったのは前回のおかげです」


 最初、リセットは誰が王太子の葬儀に魔法陣を仕掛けたのかわからなかった。

但し、王太子を生き返らせたい者、悲劇を防ごうとしている者だとは思っていた。


「王太子殿下の葬儀の時に巨大な魔法陣が出現するので、国王陛下の命令で王宮魔導士達がしている可能性も考えました。警備への魔力供与が必要ということで、魔力持ちを優先して葬儀に参加させていましたよね?」

「そうだね」


 リヴァイスが神術を使うためにそのような通達を出した。


「リヴァイス様は視察の際に魔法を使っていました。王太子殿下もリヴァイス様を魔導士だと言っていたので、リヴァイス様があの巨大な魔法陣を作る指揮を執っているのではないかと思って」

「そういうことか」

「お話を聞いていて思ったのですが、別の方法がある気がします。そもそも、王太子殿下が記憶喪失にならなければ、また視察に行く必要はないですよね?」

「兄上が勝手に行ってしまう。そして、死んでしまうんだ」

「困りましたね」

「まったくだよ」


 リセットとリヴァイスは二人揃ってため息をついた。


「でも、前回は初めてのことが多かった。リセットが一緒に行ったことで、変わることが多かった」


 襲撃された理由や状況がわかった。


 とはいえ、おかしいと感じる部分があった。


 貧民街にいる者は重税につぐ重税をかけられていると主張したが、そのようなことはない。


 記憶喪失になっているせいで兄はうまく説明できず、襲撃を抑えることができなかった。そのせいで暗殺されてしまったのではないかとリヴァイスは思った。


「僕が視察に同行しても、空中から周囲の警戒をしていた。襲撃の際のやり取りや罠魔法の状況がよくわかっていなかった」


 前回はリセットが一緒にいるため、自分が側にいないと駄目だと思った。そのおかげで罠魔法を防ぐことができた。


「リヴァイス様は結構やり直しをしているようですよね?」

「そうだね」

「これは外せないというか、絶対に起きてしまう流れというのはあるのでしょうか?」

「魔力の関係上、半年以上前に戻るのは無理だ。王太子妃候補の選考会が始まる日が限度だ」


 それよりも前には戻れない。なぜなら、王太子の葬儀に集まった人々の魔力を奪って魔法を発動させるからだ。


「一日ぐらいは戻りやすいのでしょうか?」

「兄上に頼んで魔力の多そうな者をできるだけ集めた。それなのに、事件当日までしか戻れないなんてと落胆したよ」

「そうなのですね」

「単純に魔力だけの問題じゃない。きっと、多くの人々が望まない結果である必要があるような気がする」


 ザカリアスの葬儀には若く優秀な王太子の死を悼む人々が多く集まった。そのせいで魔力以上の強い力になったのではないかとリヴァイスは感じた。


「兄上や騎士達はリセットのことを相当悔やんでいた。でも、兄上を守ったことで、リセットの死の価値が上がってしまったのもある」


 名誉の死。それは見方を変えれば、良い死に方だ。死を惜しむ気持ちだけでなく、良い死を讃えることにもなってしまう。


「たとえ今日の視察を止めることができても、兄上が視察に行くのをずっとは止められない。王太子としての責務が一生続く。それこそ死ぬまでね」


 今後すべての視察を取りやめるということはできない。外出すれば、記憶喪失になる。襲撃もある。それもまた回避できない。王太子ならではの宿命だ。


「記憶喪失になると、王太子妃候補の審査はさすがに中断するしかないということで、全員落とされる。それも同じだ」


 記憶喪失で混乱している王太子に王太子妃候補を押し付けるのは無理という判断。


 結局、王太子が候補の誰かを選ばなくても、その内の一人が第二王子の婚約者になる。


「リヴァイス様の婚約者は変更可能だったのですね」


 他の候補からリセットに。


「途中で辞退しなければ。最終的に残っていた候補の中から国王が選ぶ。前回は僕の方からリセットにして欲しいと願い出た」


 リヴァイスはリセットへの想いを諦めきれなかった。


「兄上を好きなんだよね?」


 リヴァイスはリセットに確認するよう尋ねた。


「髪飾りがきっかけだと言っていた。僕から直接渡したよね? それなのに僕を好きになってくれなかった。それ以外にも、兄上のことが好きになるようなことがあったわけだよね?」

「私が覚えている限りでは、小花の髪飾りがきっかけです」

「だったら、僕のことを好きになってもいいはずだけど。もしかして、本当は僕のことを好きだったりするのかな?」


(それは……)


 リセットの気持ちはどんどん変化している。


 やり直したことも原因ではあるが、リヴァイスと一緒の時間を過ごし、多くのことを知ったからでもある。


(私……)


 うまくいえない。自分の気持ちを。何もかもが混ざり合ってしまっている。


 リセットは答えにくいと感じた。


 その様子を見て、リヴァイスはため息をついた。


「違うみたいだね。残念だよ」

「私からも聞きたいことがあって。リヴァイス様があの髪飾りを見つけたのは一度だけですよね?」

「いや、ずっと僕が見つけて拾っている。違うのは誰から渡すかという部分だけだよ」

「そうなのですか?」


 リセットは驚いた。


「兄上には多くの女性が候補として挨拶に来る。だから、退屈しのぎに同じ髪飾りをしている者がいれば聞いてみて欲しいと頼んで渡した。それが好意を持たれるきっかけなら、僕が渡せばいいと思った」

「それって、私に好意を持って欲しかったということですよね?」


 リセットはズバリ聞いた。


「そうだ」


 リヴァイスもズバリ答えた。


「図書館で会って話すようになってから気になり出して……だんだんと好きになった」


 リヴァイスは何度もやり直していたが、リセットとの接点はずっとなかった。


 ところが、突然、王宮図書館でリセットに声をかけられた。


「兄上は必ず記憶喪失になる。どの候補も選ばない。僕は候補の中から誰かを押し付けられる。だったら、僕の方からリセットを選べばいい。小花の髪飾りを渡せば相思相愛になれると思った」

「前の記憶があったので驚きました。なぜ王太子殿下ではなく、リヴァイス様が小花の花飾りをくれるのかと」

 

 リセットはザカリアスが小花の花飾りを見つけてくれたのだと思い、そのことを覚えていた。そのせいでリヴァイスから渡されても、リヴァイスを好きにならなかった。


「何の記憶もない状態でリヴァイス様から小花の髪飾りを受け取っていたら、リヴァイス様を好きになっていたかもしれません。あくまでも仮定ですけれど」

「何の記憶もない状態でいて欲しかった」

「すみません」

「これも運命だ。何度もやり直したせいで、どこかが変わってしまった。そのせいでリセットの記憶がなくならないようになった気がする」

「なるほど」

「何度も覚えているようだし、リセットはもう覚えているという仕様なのかもしれないね?」


 リヴァイスは困ったように微笑んだ。


「失敗した。またやり直せば全部忘れていると思っていたから……後悔するしかないよ」


 どんな言動をしても相手が忘れてしまう場合と、ずっと覚えている場合では状況が違う。


「リセットはあの髪飾りを何度も落としている。やり直す度、僕が見つけている。でも、記憶があるということは、リセットは落とすことをわかっていても髪飾りをつけていたことになるよね?」

「そうです」


 リセットは正直に答えた。


「落としてしまいますが、必ず戻ってきます。王太子殿下と挨拶した時に。前回はリヴァイス様が渡してくれましたけれど」

「……そうだね」


 リヴァイスは気づいた。


 何がリセットを変えたのかを。


「前にお話したと思うのですが、王太子妃候補に選ばれたのは髪飾りのせいかもしれないと思っていて。母がつなげてくれた縁といいますか。なので、落とすことをわかっていてもつけていったのです」

「ああ、なるほど」


 リヴァイスは頷いた。


「リセットの母君がつないでくれた縁というのは当たっていそうではある。でも、形見の品を落としてしまうのはよくない。だから、選考会にはつけていかないこと。またやり直しになって、僕の言葉を覚えていたらそうして欲しい。いいね?」

「わかりました」

「僕なりに考えがある。リセットは留守番だ。これは譲れない。兄上だって、リセットを犠牲にして助かることを喜ばない。だから、別の方法で回避する」


 リヴァイスはリセットの頬にそっと手を添えた。


「巻き込んでしまったね。酷いことも言ってしまった。本当にごめん」

「謝る必要はありません」


 リセットは答えた。


「大切な人を守りたいと思う気持ちからしたことです。それに、今回は私のためにやり直しをしてくれています。責められるわけがないです」

「リセット、愛している」


 リヴァイスはリセットをもう一度強く抱きしめた。


「これから何度やり直しても、この気持ちが失われることはない。だから、リセットを僕の婚約者にする。王太子妃候補の辞退はさせない。許して欲しい」


 リセットは苦笑した。


「なんだか謝られてばかりな気がします。予定も変更ですね」

「そうだ。でも、やり直しによってリセットが僕の気持ちを忘れてしまう可能性は常にある」


 リヴァイスはリセットの髪を優しく撫でた。


「リセットと兄上を守る。その上で、リセットと相思相愛になれるようにも頑張るよ」

「やるべきことが増えてしまったのでは?」

「そうだね。でも、僕は嬉しいよ。より強い気持ちで挑める。必ず叶えて見せるよ」

「素敵です。頼もしくもあります」


 リセットは本心からそう思った。


「頑張るよ。もっともっと強くなる」


 リヴァイスは満面の笑みを浮かべた。


 リセットは留守番。王宮に残り、リヴァイスが戻るのを待つことになった。




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