15 やり直す者
リセットはリヴァイスに面会しようとしたが、侍従に無理だと言われた。
「では、リヴァイス様にお伝えください。どこに行くのかはわかっています。面会してくれないのであれば、現地で合流しますと」
「しばらくお待ちを」
すぐに面会が許可された。
「おはようございます」
「おはよう」
リヴァイスは微笑んでいたが、無理をしていることが明らかな様子。悲壮感がにじみ出ていた。
「どこに行くのか知っているらしいね? 誰から聞いたのかな?」
「リヴァイス様から聞きました」
リセットは答えた。
「僕から?」
「私も一緒に行きます。必ずお役に立てます!」
リセットは絶対について行くつもりだった。無理であれば、自分自身で行けばいいのもわかっていた。
「貧民街への極秘視察ですよね?」
リヴァイスは瞬時に表情を硬くした。
「リヴァイス様と一緒に王太子殿下をお守りします!」
「無理だ」
リヴァイスは答えた。
「守れない」
「何が駄目だったのですか?」
リセットは尋ねた。
「私が死んだ後、何があったのですか?」
リヴァイスの表情が驚愕のそれへと変化した。
「まさか、そんな……」
「覚えています」
リセットははっきりと答えた。
「でも、路地までです。王太子殿下を突き飛ばした後はよくわかりません。頭が変な感じで」
リセットがこめかみを抑えると、心配したリヴァイスが支えるように駆け寄った。
「リセット! めまい? それとも頭痛? 無理をしては駄目だ!」
「罠魔法が爆発して……私は死にましたよね?」
次の瞬間、リセットはリヴァイスに抱きしめられた。
「そうだよ」
リヴァイスが苦しそうに答えた。
「リセットは死んだ。守れなかった」
「いいんです。私のことは」
リセットは答えた。
「でも、王太子殿下を守れなければ意味がありません。問題点を改善しましょう。今度は必ず切り抜けられます」
「そうだね。だから、留守番をしていて欲しい。それで問題点を改善できる。リセットが死なない」
「私ではなく王太子殿下のことを優先してください。王太子殿下はこの国になくてはならない方です」
「間違いではないけれど、正解でもないかな」
リヴァイスの口調は変わらなかった。
「兄上はいなくてもいい。僕がいるからね。僕が王太子になればいいだけなんだ」
リセットはハッとした。
「僕である必要もない。誰かが王太子になればいいだけだ。でも、兄上を助けたい。僕のエゴだ」
大切な人を失いたくない。
そのためにリヴァイスは王家に受け継がれている特別な魔法――神術を使った。
「兄上は助かった。リセットのおかげで守れた。でも、僕は別の大切な人を失ってしまったんだ」
リヴァイスはリセットを見つめた。
「僕はリセットを守りたい。死なせたくないんだ。だから、王宮で待っていて欲しい」
「もしかして……私のためにやり直したのですか?」
「そうだ」
「王太子殿下を守れたのに?」
「リセットを身代わりにすることはできない。君が好きだから。愛しているんだ」
リヴァイスに告白されたリセットは目を見開いた。
(リヴァイス様……)
リセットは嬉しかった。
だが、その選択はあの襲撃が再び起きる可能性を復活させてしまった。
リセットが命がけで守ったというのに、またしても危機が迫っていた。
「私はちゃんと守りました。王太子殿下も、約束も。なのに」
「それは違うよ」
リヴァイスは言葉を遮るように言った。
「一緒に守るという約束だ。リセットがいなかったら一緒じゃない。約束を果たせないよ」
リセットの瞳がみるみる潤んだ。胸に込み上げる感情が涙に変わっていく。
怖かった。不安だった。それでも、頑張った。
リヴァイスのために。
それでいいとリセットは思ったというのに、駄目だった。間違えていた。
(今度こそ間違えていない。最善だと思ったのに……)
「ごめん。僕のせいだ」
リヴァイスが謝った。
「しっかりと伝えるべきだった。言葉が足りなかったんだ」
リヴァイスはリセットと話をする機会が何度もあった。
その際、二人の考え方が違うことや言葉が不足な時があるのもわかった。
大切なことはしっかりと言葉にしなければわからない。伝える努力が必要だ。
それに気づいたはずだというのに、リヴァイスはそうしていなかった。
「一緒に兄上を守ると言ってくれて嬉しかった。でも、僕と同じように命を懸けて欲しかったわけじゃない。僕はリセットと一緒にいたかったんだ。同じ目的、同じ方向へ一緒に進んで行けると思った」
王太子を支えながら守るという共通点によって、二人の絆が強まるとリヴァイスは考えていた。
たった一人で兄の死という運命に立ち向かう重さや辛さ、うまくいかない苦しさを、リセットが支えてくれていると感じていた。
リヴァイスにとって、リセットは愛であり、救いであり、希望だった。
「リセットを連れて行くべきではなかった。なのに、僕は連れて行ってしまった。どうしようもないほどの愚か者だ。どうか許して欲しい」
リヴァイスはリセットを真っすぐに見つめた。
「兄上を守ってくれてありがとう。自分の命を懸けるなんて普通はできない。だけど、リセットは勇気を出してくれた。最後まで頑張ってくれた。だからこそ、誰にもできないことを成し遂げた。運命を変えたんだ。リセットは世界で一番勇敢な女性だよ」
(リヴァイス様……)
リセットは泣いていた。
流れ落ちていく涙は悲しみと後悔だったというのに、嬉しさと喜びになった。
リヴァイスが変えてくれた。今まさに。
「騎士見習いであれば最高の名誉、英雄だよ。でも、リセットは騎士見習いじゃない。僕の婚約者だ。だから、僕に任せて欲しい。リセットが視察に行かなければ、リセットが死ぬことだけは確実に防げる。わかってくれるね?」
「それはわかります。でも、王太子殿下が外出しなければいいのでは? それで暗殺を防げますよね?」
「別の日に別の場所で襲撃される。その被害の方が大きい」
リヴァイスはリセットが知っている以上にやり直しを重ねていた。
「今度こそ、必ず食い止める」
愛する者を救いたい。しかし、そのために別の愛する者を犠牲にするわけにはいかない。
だからこそ、やり直す。
絶対に諦めない。必ず運命を変えて見せる。
それがリヴァイスの決断であり、覚悟だった。