10 選ばれた理由
講義と茶会の日。
リセットは昼に到着するよう王宮に向かい、侍従に第二王子との面会について伝えた。
すぐに面会は叶った。
「よく来たね。取りあえず、本を貰う」
リセットがいる応接間にリヴァイスが来てそう言った。
「こちらです」
「昼食を一緒に摂ろう。王太子妃候補としてマナーに問題がないかどうかをチェックする」
「頑張ります」
リヴァイスの後に続いて食堂に移動したリセットは驚いた。
(どうして?)
王太子のザカリアスがいない。
「リセット、どうしたの?」
「いいえ。何でもありません。緊張しているだけです」
リセットが記憶しているのと同じメニューの食事が出て来た。
「美味しい?」
「はい」
二人きりの昼食会が進んでいく。
リセットは前回同様黙っていたため、リヴァイスが一方的に話かけていた。
「リセットは食事中にあまり話さないのかな?」
「父の話を聞いています」
「聞き役なんだね」
(お母様の話をしてくれるから……)
父親は亡くなった妻を愛していただけに、リセットに思い出話や、もし生きてこの場にいたらという例え話をよくする。
(お父様は寂しいのよね。私がお母様に似ているから余計に)
リセットも母親がいなくて寂しい。それだけに父親の話に耳を傾け、記憶の中で生きている母親を少しでも強く感じたいと思っていた。
「僕もどちらかというと聞き役だから……」
「そうですか。無理に話されなくても大丈夫です」
昼食会はぎこちない雰囲気に包まれていた。
「少しだけ特別な話をしよう。他の者は下がれ」
デザートの時だった。
リヴァイスは給仕を下げた。
「秘密の話をする。どうしてリセットが王太子妃候補に選ばれたか知っている?」
「わかりません」
(もしかして教えてくれるの?)
リセットは期待した。
自分が王太子妃候補に選ばれた理由を知りたいと思っていた。
「すぐに辞退すると思ったからだよ」
リヴァイスの言葉はリセットにとって意外な理由だった。
「伯爵家の跡継ぎだ。普通は辞退する。候補が減る。一人が辞退すれば、他の候補も辞退するかもしれない。候補の辞退を促す呼び水だ。だからね、本当は候補を辞退して欲しい」
「で、でも、それはおかしいのでは?」
リセットは困惑した。
「辞退させるつもりなら、選ばなければいいのでは?」
「絶対に誰かを選べと言われて、兄上は選んだ。最低限の候補者を。つまりは一人だけだ。あとは勝手に父上が選べばいいと言って他の候補が選ばれた。兄上は王太子妃候補の選考会が嫌なんだ。まだ婚姻したくない。だから、すぐに辞退しそうな伯爵家の跡継ぎ令嬢を選んだ」
(そんな……)
リセットはショックだった。
王太子が自分を選んでくれたという部分は嬉しいが、すぐに辞退すると予想したからというのが理由だとは思ってもみなかった。
「兄上がリセットを密かに想っていて、候補にしたと考えている者もいるみたいだね。でも、そうではないことがわかったね?」
(わかったけれど……)
リセットは泣きたいような気分だった。
「兄上のことを好きなら候補を辞退して欲しい。他の候補が辞退するための呼び水になってくれないかな?」
「酷いです。そんなことを言うなんて!」
リセットは言わずにはいられなかった。
「黙っていてくれればいいのに!」
「他の候補達の態度がリセットにだけ特別きついみたいだね? きっと勘違いしている。候補を辞退すれば嫌な思いをしなくてすむ」
リセットが選ばれないことをわかっているからこその助言だった。
「第二王子殿下は優しい方だと思っていました。髪飾りを見つけてくださいました。おかげで形見の品を失わずにすみました。なのに、なのに……酷いです」
リヴァイスはうつむいた。
「もっと酷い言い方をする相手から聞くぐらいなら、僕から教えた方がいいと思った。兄上は生まれながらにして王太子の重責を課せられている。その上、好きでもない相手と無理やり結婚させられることだって酷いよ。僕としては候補の全員に辞退して欲しいんだ」
兄想いの弟。だからなのだとリセットは思った。
「デザートを食べて。甘いものを食べると元気が出るから」
リセットはデザートを食べた。お茶も飲んだ。
リヴァイスはその様子をじっと見ていた。
「僕のことを嫌いになった?」
(そうですね。でも、少しだけということにしておきます)
それがリセットの出した答え。
兄のため。リセットが事実を知る以上に傷つけられないようにするための配慮であることはわかっている。
(第二王子殿下は優しいからこそ、一番嫌な役目を自分が務めたんだわ)
そう思うからこそ、リセットは嫌いだとは言えなかった。
「第二王子殿下がいかに王太子殿下のことを大切に想われているかがわかりました」
「兄上は王太子だ。弟の僕が守らなければならない。そのためならどんなことだってする。命もかけるよ」
「そうですか」
(弟や第二王子としては立派だわ)
リセットはそう思った。
「辞退の件は父に伝えておきます。私だけの意志で決めることができるわけではないので」
「この件は絶対に秘密にして欲しい。兄上の指示で動くために候補になったと思われたくない。そうなってしまうと、エファール伯爵家に悪影響が出る恐れがある」
「わかりました。そのことも合わせて伝えます」
昼食会は終わり。
茶会も終わり。
帰宅したリセットは父親に王太子妃候補辞退の話があったことを伝えた。
「そうか。おかしいと思っていた」
伯爵家ではあるが、他の候補達とは身分も家柄も裕福さも見劣りする。しかも、一人娘だ。選ばれるのがおかしいと誰もが思う選択だった。
王太子が見初めてくれたのかもしれないと思っていたが、理由をつけて辞退しやすい者を選んだということであれば納得だと父親は言った。
「釣り合わないのは明らかだからな」
「そうですね」
「辞退してもいいのか? 喜んでいたように見えたが?」
「お父様が決めることです」
「別に無理をして断る必要はない。国王が決められたことだしな。王太子殿下かもしれないが、何もお話はない。第二王子殿下は当家に期待させないために言ったのだろう。見初められたわけではないと」
「そうですね」
「正直なところ、日数が経っているだけに辞退しにくい。このままであっても、審査に落ちるだろう。かえって何もしないのが一番ではないか?」
「そうかもしれません」
「王太子殿下に謁見を願い出てみる。王太子妃候補の件で話があると言えば許可してくれるだろう。直接お伺いしてみる」
「はい」
エファール伯爵は王太子に面会を申し込んだ。
その結果、候補から辞退する必要はない。そのままでいいということになった。




