01 やり直したい
よろしくお願いいたします!
王太子のザカリアスが記憶喪失になった。
王太子妃候補に選ばれていた女性達は驚くしかない。
だが、チャンスだった。
これまでの好感度は関係なし。寵愛を得ることができれば、王太子妃になれる。
王太子妃候補の一人、リセットは悩んでいた。
「どう考えても私では釣り合わないわよね」
リセットはごく普通の伯爵家の出自。一人娘なだけに跡取り。取り立てて優れた部分もない。
王太子妃候補を辞退したい者は受け付けるという通達に、辞退しろという圧を感じなくもない。
「丁度良い機会だし、お父様に相談して辞退した方が良さそうね」
リセットは父親に相談した。そして、王太子妃候補を辞退することにした。
王太子妃候補の中で辞退を申し出たのはリセットだけだった。
ザカリアスはリセットを呼び出し、辞退をした理由を尋ねた。
「私はなぜ王太子妃候補に選ばれたのかわかりませんでした。王太子殿下に釣り合うとは思えません」
親しかったわけでもない。ほとんど話したこともないどころか、まともに会ったこともない。側にも寄る機会も勇気もなかった。
「今、こうしてお話していること自体が奇跡といいますか」
それがリセットの本音。
「私に王太子妃が務まるとは思えません。それに一人娘なので跡取りです。辞退してもいいということでしたら、辞退するのが賢明ではないかと思いました」
「そうか。だが、肝心なことを言っていない。お前が私のことが好きか嫌いかだ。候補を辞退したいということは、私のことは好きではないということだな?」
リセットは困った。
好きか嫌いかだけであれば好きな方。
だが、リセット以外は有力な貴族の令嬢ばかり。自分こそが王太子妃になるのだという強い気持ちを持っている。他の候補を容赦なく蹴落とす。自分こそが勝者。そんな風に頑張ろうとは思えなかった。
(はっきりいって雲の上だし、他の候補からの風当たりが凄くて)
ごく普通の伯爵家で一人娘のリセットが候補に選ばれたこと自体がおかしいと思う人々が多くいた。
王太子妃候補に選ばれたのは王太子の個人的な感情が理由、つまりは王太子の本命ではないかと思われてしまい、他の候補者達からきつい態度を取られていた。
(王太子殿下は記憶喪失だし……言えない)
記憶喪失になる前は自分のことが好きだったのかもしれないとリセットから教えるのは自己アピールと一緒。
本当にそうなのかわからない状態で言うのは慢心も甚だしい。記憶喪失になったことにつけ込んでいると思われたくもない。
リセットは黙っていた。
「もういい。辞退は受け入れる」
答えられないリセットの様子を見て、ザカリアスが決めた。
リセットは王太子妃候補から外れた。
それから数日後。
王太子妃の候補は全員審査に落ちたと発表された。
王太子妃候補の一人が第二王子リヴァイスの婚約者に選ばれた。
その後、ザカリアスが暗殺されてしまい、リヴァイスが王太子になった。
リセットは驚くしかなかった。
王太子妃は立派な女性でなければならないと思っていたが、記憶喪失になったザカリアスは全ての候補を審査で落とした。
それなら辞退してもしなくても同じだ。
「辞退するかどうか、悩みに悩んだのに!」
結果から考えると、意味がなかった。
賢明で最善だと思ったのは間違いかもしれないということだ。
しかも、ザカリアスは暗殺されてしまった。
一度王太子妃候補の審査で落ちた女性が第二王子の婚約者に選ばれ、結果的には新王太子の婚約者になった。
「納得がいかないわ。審査で落ちた女性が結局は王太子妃になるなんて。しかも、私のことを散々悪く言っていじめていた女性よ? あんな酷い女性が王太子妃だなんて! もっと立派な女性を王太子妃にすべきよ!」
未来がどうなるのかはわからないのは仕方がないが、リセットの心は穏やかではなかった。
「やり直したい」
王太子妃候補を辞退しなければよかった。候補に選ばれたことをもっと大切にして、活用すればよかった。
いじめられるがままだったことは猛反省。もっとうまく対処していればよかった。
もしもを考え出したら止まらない。それだけ多くの間違い、失敗、後悔がリセットの中にあった。
(候補を辞退する時、私のことをどう思うのか、それこそ王太子殿下に聞いておけばよかった!)
そして、ザカリアスの葬儀の最中、異変が起きた。
巨大な魔法陣が現れ、出席者達から魔力が奪われていく。
リセットも魔力を奪われ、気を失ってしまった。