第1話
お先真っ暗な就活浪人のお話です。もしよろしければ。
「合計802円です」
「……はい」
「1000円のお預かりですね」
目の前にいるサラリーマンから1000円札を貰い、僕はお釣りを渡す。
「198円のお釣りになります」
「どうも」
「ありがとうございました~~……」
『ありがとうございました』
コンビニのレジで。
お客に対する、この感謝の言葉を重ねれば重ねるほど、この現状の虚しさがひしひしと伝わってくる。
今年で23になる男が時給も安い、ド田舎のコンビニでアルバイト生活……。
ハッハッハッ。
今でもこの現実が何かの間違えなんじゃないかって……そう思えてならないよ。
〝ホント……こんなはずじゃなかった……〟
つい2年前まではね?
東京の大学に通う大学生として、これでもかッてぐらい学生生活を謳歌してた。
この勢いのまま。
『東京在住の新社会人として新たなスタートを切る!』
そんな理想を掲げ、邁進する毎日を送っていた。
だけど……ところがどっこい。
追い求めていた甘い幻想は、あっという間に崩れ去っていく。
いざ……就職活動を迎えたものの——
やはりそう甘くはなかった。
どんなに頑張っても……行きつく先はお祈りメールの嵐。
面接もさせてもらえないまま、書類選考で落とされることも多々あった……。
10数年前の?
バブル崩壊後の影響で起こったような就職氷河期に巻き込まれたからと理由付けできれば、少しは気が楽になっていたかもしれないが……。
俺の場合は普通に書類や面接を通じて落とされただけ。
大手からの内内定というゴールのため。
自分を押し殺して偽って……心をすり減らして、採用選考を頑張ったのに……その努力が全て無駄と化していく。
本当の俺って……なんだったっけ……?
自分を見失い、想像以上の虚無感に包まれていく感覚は……今でも忘れられない。
本格的な採用の時期――大学4年の春から夏に備え、それなりの資格を修得したりと就活のため、やれることもできる限りやったはずなのに……。
それでも打ち砕かれていく現実に……そんときの俺は、精神的におかしくなっていた。
所謂、就活ノイローゼに苛まれていたんだと思う。
結局……俺は東京での就職活動に嫌気がさし、八月上旬に半ば放棄。
大学卒業後、逃げ帰るように地元へ戻ってきた。
東京に在住している友人たちにも……地元に帰ったことは一切伝えていない。
ただ1人を除いてね。
だって、言えるわけがなかった。
就活に失敗したから地元に帰るなんて……恥ずかしいこと極まりないからなぁーー……。
仮に言ったとしても、この腐った現実をどうこうできるわけでもないし……うん。
あ、因みに自分の家族。
父さんや母さんは、こんな親不孝者に対して特に何も言わず。
温かく迎入れてくれた。
まぁ、多分何か言いたくても……躊躇っているんだろうな。
息子を追い込むだけだと。
けど嫌な顔一つせず、普通に接してきてくれるのが凄くありがたく……そんな2人にこれ以上迷惑はかけられまいと、今こうしてコンビニのバイトを週六ペースで行っている。
フリーター……いや今は精神をなんとか持ち直し、地元企業に就職するため、就活浪人として、一応頑張ってるといえるのかな?
あと20歳を超え、大学も卒業したこともあり、国民年金とか税金関係も自分で払っていかないといけないわけだし、とにかくそんなこんなで今に至っている。
東京から地元である富山へ戻ってきて1カ月弱――……。
午前中から夕方手前まで就職活動。
夕方5時から夜の10時までコンビニバイト。
完全にルーティンが出来上がっている状況だ。
「お先……真っ暗だよ」
もし……もしもの話。
今の俺に大学の後輩や地元の後輩たちが就職活動のことでLINEやら電話やらで相談してきたのなら。
俺は絶対にこうアドバイスする。
「就活は新卒採用の年で絶対に終わらせろ‼︎ 就活浪人なんて……絶対になるなァ‼︎」
東大へ行かせてくれる、あの先生ばりに贈る彼らへの言葉はこれに尽きてしまう。
*
「ただいまぁ……」
玄関でSTAN SMITHの白スニーカーを脱ぎ、二階の部屋に向かおうと階段を上ろうとした、ちょーどその時だった。
「おかえり達樹」
「……ただいま」
「ご飯どうする?」
1階の寝室へ向かおうとする母さんが俺に訊ねてくる。
「あ~~……ちょっと部屋で休憩して、あとで食べるわ」
「分かったわ」
「ん」
「ご飯そこ、机の上に置いてあるから」
「あざす……」
……まず間違いない。
東京から逃げた一番の利点。
それは毎日母さんのうまい飯にありつけること。
東京にいた頃は必死こいて自炊していたからな。
家に帰れば飯がある。
ここ最近はね?
そのありがたみを実感する……そんな日々の連続だ。
「さてと……行くか」
自分の部屋へ向かうため。
疲れ切った体に鞭打ちながら、家の階段を一段一段上がっていく。
*
「はぁ~~~~~~」
自分の部屋のベッドに勢いよく飛び込み、即刻うつ伏せになる。
「……あれっ?」
新しく替えられてる? シーツ。
寝転んだと同時に、枕や布団からはフローラルな香りが漂ってくる。
「母さんか……」
今日俺が帰ってくる前に変えてくれたんだろうな。
感謝案件。
ここでも家族のありがたみを感じてしまった。
しかしアルバイトから解放され、ベットダイブした直後。
「ほんっと……今の俺って」
ほぼ毎日だ……俺はつい口にしてしまう。
「なんのために生きてんだろうねぇ……」
〝将来への不安〟〝自分の不甲斐なさ〟
バイトの業務に夢中になっているからこそ。
これら全てを忘れることができる。
何も考えずに済む。
逆にベッドで疲労を癒すこの時間……ズバリ地獄だ。
思考力・想像力が研ぎ澄まされてしまう。
だからこそ、つい考えてしまう。
この先の人生に明るい未来なんて待っているのか……?
いや、23の大人になっても親の稼ぎに甘えている時点で明るい未来なんてやってくるわけない……。
どうせ結婚して幸せな家庭も築けないだろうし、碌な死に方しかしない。
こんなことを毎日考え、想像していると『やはり……』と言っていいのか。
日に日に不安と恐怖がどっさり募っていく……。
須賀達樹の人生は……1度就活を投げ出している時点で。
新卒採用の年に就職できなかった時点で詰んでいるのでは、この先ずっと路頭に迷っていくのではと。
どの企業からも必要とされない自分は、いてもいなくてもどうでもいい人間であり、生きてる価値なんてないのではと。
それだけ不安と恐怖に押し潰されている状態だとね?
生きる活力も満足に笑う数も日に日に減っていく……。
就活浪人という――
〝こんな現実から目を背けたい〟
〝この苦しみから楽になりたい〟
だから夢も希望もない……こんな自分の人生をリセットしてやろうって。
そんな考えも脳裏によぎる。
父さんも母さんも……俺が色々悩んでいることを察してくれてはいるが……まさか息子が夜な夜なね?
ベッドの上でこんなこと考えてるなんて……想像もしていないだろうなぁ……。
「はぁ……もう色んな意味で疲れたよ……」
あっ……。
思わず、ストレートな本音が自然と口から出てしまう。
人生に絶望し、命を断ちたくなるぐらいの……負の衝動に駆られる今日この頃。
——けど。
それでも踏みとどまっているのは、残される家族のことを思ってのことだ。
20数年。
自分を愛し、ここまで育ててくれた父さんと母さんの悲痛な表情や落涙なんて……想像しただけでも胸がキツく締め付けられる。
こういう最悪の場合をね?
考えると……死んでも死に切れんのだ。
死んでも死に切れない。
そんなポリシーがまるで呪いのように。
俺を現世に繋ぎ止めていた。
〝死〟を求め……結局は〝死〟を諦める。
いつも通り、ネガティブ思考が限界まで冴え渡っている……そんな瞬間だった。
/ピロリンッ!/
「んっ?」
LINEの通知音がこの部屋に鳴り響く。
「誰だろ……」
ジーパンのポケットに入れていたスマホを取り出し、すぐ画面を確認する。
「……えっ?」
『すまん、脅されてバラしてもうた』
脅されて……バレしてもうた……⁇
え……はっ⁇
今でも連絡を取り続ける唯一の友人、諸星新から謎過ぎるメッセージが送られてきた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。ブクマ、評価もお待ちしております。
今日中に2話、3話も更新予定です。