あけおめ
争いのない平和な世の中を願います。
「やるねー、登真」
なにやら渚が楽しそうだ。それがわかるほど落ち着けている。ゴブリンの攻撃をかわせばかわすほど、自信がついてくる。軽く顔にカウンターを入れると、手を当て苦しんでいる。隙だらけだ。右手を強く握りしめ、重心移動を意識して、腰を回転させる。全身を使った渾身の右ストレートで、ぶっとばす! ドンッと音を立て、まるで漫画のように、文字通りぶっとんだ。……いやそんなぶっとぶか? なんだ? 力が漲ってくるぞ、なんなんだこれは。もしや、ついに覚醒したか、三角筋よ。ふんっふんっ。……おや、なにやら渚が歩み寄ってきた。
「すごいよ登真。本当に若干だけど、身体能力向上の魔法を使えてるよ。いつもより身体が軽く感じてるでしょ?」
「まじ? 全然魔法使った感ないけど……」
なんだ、筋肉の覚醒ではなかったか。まあ確かに身体は軽い。しかし、なんかこう、もっと魔法っぽい魔法を使いたかった。どうせなら初魔法はもっとファイヤーしたかった。いや嬉しいけど、あんま実感ないしなあ、なんだかなあ。
「まじまじ。右ストレートは登真の十八番だもんね。イメージがはっきりしているから、魔法のほうが後からついてきた感じかな?」
「イメージ?」
「そ。魔法を発動させるにはイメージが大切だからね」
「ほーん」
「それはさておき、とどめを刺すよ」
ぶっとんだゴブリンの元へ向かう渚の後ろをついていく。とどめを刺すって、え、どうすんの?
「なあ、もう意識を失ってるみたいだし、このまま放っておけばいいんじゃないか?」
倒れこんで動かないゴブリンを見下ろした。何回見ても恐ろしい顔をしてらっしゃる。すごい気持ち悪いけど、別に殺さなくてもいいだろう、さすがに抵抗がある。
「ダメだよ。しっかり終わらせなきゃ」
淡々と述べる渚の表情は冷たかった。
「そこまでしなくてもいいだろ」
「ダメなんだよ登真。ゴブリンは人を喰うこともある。もしいま襲われたのが僕らじゃなくて、小さい子どもだったら? 戦えない人はみんな殺されて喰われちゃうんだよ。こいつをここで見逃したら、復讐心をもって必ず人を殺しにくる。その甘さが、他の誰かを殺すことになる。だからそうなる前に、とどめを刺さなきゃダメなんだ」
「……そうか」
無益な殺生は好まない、なんて思っていた自分が恥ずかしい。そんなの渚だって同じだろう。意味もなく命を奪うようなことをするやつじゃない。そんなことわかりきっていたことじゃないか。
「守りたいものを守るのって、大変だよね。少し酷だけど、慣れたほうがいいよ」
誰かがやらなければいけない。それは今までだって、きっとそうだったんだろう。俺が知らないだけ、知ろうとしなかっただけなんだ。覚悟を決めて、しかし恐る恐るゴブリンの首を掴み、思い切り握り絞めた。既に気を失っていたため、抵抗されることはなかったが、嫌な感触が鮮明に残る。俺はしゃがみこんだままため息をついた。仕方ないことだ、綺麗事だけでは生きていけないのだと、自分に言い聞かせた。手は汚れてもいい、心は汚さずに生きよう。
「……慣れはしないな」
「優しいね。ゴブリンを倒して、そんな悲しい顔する人なんていないよ?」
いや、正直ゴブリンが生きていようと死んでいようと、どっちでもいいんだと思う。ただ罪悪感に苛まれているだけだ。自分で命を奪うこと、目の前で死なれることが嫌なだけで、結局のところ甘いだけだ。
「そんなんじゃねーよ。ただ落ち込んでるだけ」
「まあ正当防衛だからね、仕方ないよ。さ、街まで戻ろうか」
俺の肩に置かれた手がとても暖かく感じた。切り替えよう、渚の手を取り立ち上がる。脱ぎ捨てたダウンを拾い、少し雑談をしながら渚の住む街へと向かった。俺らが憧れていた異世界生活は、甘く楽しいだけの日々ではないのだと知った。だけどまたこうやって、渚と一緒に歩いていけるのなら、それでいい。
「あのさ」
「んー?」
「……明けましておめでとう」
「あはは。急にどうしたの」
「うるせーよ。今年もよろしく」
「うん。今年もよろしくね、登真」
あの日から止まっていた時間が、音を立てて動きだした。そんな感じがした。
とりあえずここでひと段落ついたって感じです。次はいよいよ街に行きます。




