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01

「えっ」


思わず漏れた驚きの声に、慌てて口を押さえる。

マッチングしなかった男性たちが先に会場から追い出され――その中には田中の姿もあった――そのあと、係員が寄ってきて山中に「おめでとうございます」と告げた。


半信半疑のまま係員に促されて移動すると、そこには正真正銘、山中を見て目を輝かせる杉浦の姿があった。


「良かった……」


杉浦が心底ほっとしたように、そう口にする。

「良かった?」と聞き返すと、「良かったです」と杉浦は頷いた。

「山中さんしかいない、って思ってましたから」

「は、はあ」


返答に困っている間にも、携帯電話が鳴り続けていた。

杉浦が「どうぞ」という仕草をしたので、お言葉に甘えて「すみません、ちょっとだけ」とだけ言い残し、離れた場所で電話に出る。


『山中、どこにいるの?』

「まだ会場。ごめん、マッチングしちゃって」


別に謝る必要はないのだが、あの田中のしょぼくれた――ように見えた――後ろ姿を見てしまうと、何となく申し訳ない気持ちになったのだ。

予想通り、『マジかよー』という悔しさ滲む声が耳元に響く。


『誰と?』

「杉浦さん」

『……は?なんで?』

「いや、俺もお前と同じ気持ちだよ」

『……いや、そうじゃなくてさ。なんであの子選んだの?』

「え?なんでって……そりゃあ、可愛いし胸でかいし、むしろ選ばない理由がないだろ」


離れてはいるものの、万が一にも杉浦本人に聞こえないよう、口元を手で隠しながら言う。

そうこうしている間にも、他のマッチングした数組のカップルたちが、続々と会場を後にしていく。


『……いや、確かに可愛いし胸もあるけどさ』

電話の向こうで、田中が歯切れ悪く言う。

「何なんだよ?はっきり言え」

『あの子、態度あんまり良くなかったじゃんよ』

「え?俺に対しては普通だったぞ。お前、なんかやらかしたんじゃないのか」

『いや、初めからだぞ。会話はしてくれたが、何というか、投げやりで』

「それは単に、お前のことが好みじゃなかったんだろ」

『あーそうかい……。

まあいいわ、せっかくだしお前は頑張れ。

これからその子と昼飯でも行って来いよ』

「田中はどうすんの」

『俺は帰るわ。くれぐれも、端からガツガツするなよ』


電話はそこで切られ、急いで杉浦のもとに戻る。


「すみません、お待たせして」

「いえ。とりあえず、出ましょうか」


高層ビルから一歩外に出ると、うだるような暑さに襲われた。

太陽が昇るにつれ日差しはより一層強さを増し、じりじりと肌を焼く音が聞こえるようだ。


「あの、もし良かったら、少し早いですけどお昼でも食べにいきませんか」


意を決してそう口にすると、杉浦は何か迷うように目線を泳がせる。

先に予定を確認すべきだったか、いきなり食事に誘うのはまずかっただろうか、お昼じゃなくてコーヒーにでもするべきだっただろうか――などと咄嗟に後悔する山中に、杉浦は予想外の台詞を放った。


「山中さんって、新大阪の近くにお住まいなんですよね」

「はい?そうですが」


大学からは少々遠いが、梅田にも近いし、地元に帰るのに新幹線をよく利用するから新大阪を選んだのだと、先ほどの自己紹介の時に話した記憶がある。


「新大阪で、おすすめのお店とかありますか?」

「え、新大阪で、ですか」


てっきりお店も豊富な梅田でこのまま済ませると思っていたから、山中はきょとんとした。


「私、こういう時は相手のよく行くお店に行きたい派なんです。

その人が好きなものが分かると、人となりも分かりやすいというか……」

「そ、そうですか。

といっても、僕がよく行くお店なんて、ラーメンくらいだし……」

「ラーメン、私好きなんです!連れてってください!」


正直、ラーメンのためにわざわざ梅田から新大阪まで行かなくても、という気持ちはあったが、せっかく杉浦が乗り気になっている状況に水を差したくもなかったので、彼女を連れて地下鉄へと向かった。


「私も関西に住んで結構たちますけど、新大阪は乗換に使うくらいで、駅から降りたことなかったです」

「そりゃ、特に何もないですしね……」


そう、いくら新幹線の停車駅とはいえ、新大阪には大した商業施設もないのだ。

電車の中で杉浦が振ってくれる世間話をこなしながら、頭の中は食事後のデートプラン構築でいっぱいだった。

ふと会話が途切れ、ぼんやりと中吊り広告を見上げる彼女の横顔を見ていると、なぜ今、彼女が自分の傍にいるのかますます分からなくなってくる。

これだけ魅力的な女性が、なぜわざわざ山中を選んだのか。

彼女にそれとなく尋ねてみると「見た目が比較的好みで」「清潔感があって」「話し方が好感を持てて」などとそれらしい理由を並べ立ててくれたが、どれもいまいちしっくりこない。

唯一の武器、国立大学院生という学歴に彼女が惹かれてくれたかどうかは不明だが、ひょっとして何か裏があるのでは、とつい勘ぐってしまうのは、果たして山中の自信の無さだけに起因するものなのだろうか。

新大阪駅の南口から出て、いくつかある行きつけのラーメン屋のうち、最も内装が綺麗だと思われる店を選んだ。

山中がなるべくさりげなさを装って二人分の食券を購入し、席についてラーメンが運ばれてくるまでの間にも、杉浦は気を使ってか様々な話題を提供してくれた。


親の仕事の都合で高校から関西に引っ越してきて、今は大阪の有名私立大学に通っているという彼女は、部活やサークルには所属せず、空いた時間は事務のアルバイトやボランティアに使っているらしい。

読書という共通の趣味によって、有難いことに会話はそれなりに弾んだ状態で、食事に突入することができた。

ラーメンが好き、という杉浦の言葉に嘘はなかったようで、小柄な体躯に似合わず替玉まで完食した彼女とともに、山中は店を出た。

途端に、アスファルトの照り返しが容赦なく体を熱していく。

しまった、店内にいるうちに次の行先を相談しておくんだった――後悔は先に立たず、二人は店の軒先で立ち尽くすことになった。


「えっと、これからどこか行きたいところはありますか?

駅に戻るか、この近くだと……ボーリング場か、ネットカフェくらいならありますけど」


今年は記録的な猛暑だと気象予報士が言っていたが、今日も気温はぐんぐん上昇し、ただ立っているだけでも汗が全身から噴き出してくる。

杉浦は額に張り付いた髪を耳にかけ、じっと山中を見つめて「暑いですね」とぽつりと言った。


「そ、そうですね、早いところ屋内に避難しましょう。とりあえず、駅に戻りましょうか」

「いえ、その……山中さんのお家って、ここから近いんですか?」

「僕の家、ですか?すぐそこ、ですけど」

「良かったら、寄らせてもらってもいいですか?」

「えっ」


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