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大吟醸の水割り瓶詰め

同窓会はそこそこいい料理屋で行われた。

真っ昼間でドライバーも多い。酒よりも料理を楽しむ感じたっだが。


「鯛のお造りでございます」

「旬野菜の炊き合わせでございます」

「××の炭火焼でございます」

「△△の××でございます」


お分かりだろう。まずいのだ。

しかもメシマズの神が横で騒ぎまくる。


「お前が食べているのは突然変異によって体内で海水の塩分を凝縮させてしまった鯛だ」

「それはだし汁と重曹水をうっかり間違えたものだ」

「皮はパリパリ、中身だけ真っ黒に焦げているという奇跡を起こしてみた」

「それは参加者がこっそり連れてきたハムスターが脱走しほお袋に入っていたエサのカケラだ」

「お前にしては珍しく管理の行き届いた料理屋に来ているな。

 おかげで大変だったぞはっはっはあ」


それでちょっと青ざめているのか。努力の方向を正してほしい。

料理のほとんどを周りに譲り、旧交を温めることに集中した。

やや離れた女性集団の中に、初恋の柚子ちゃんの姿を見つけた。

笑った目元に当時の面影がある。

すると途端に、メシマズの神に憑りつかれたあとの手作りクッキーの味がよみがえってげんなりした。

甘酸っぱい思い出すらマズさに変換するこの呪い。

だが大丈夫。いつも通りだ。おれは慣れている。

深呼吸して自分を落ち着かせたところで声をかけられた。


「相変わらず憑かれてるね、拳太(けんた)くん」


おれは声のした方を振り返る。

スーツ姿の女性がバッグを片手に立っていた。

瑚子(ここ)だ。

ほとんど手つかずで残った料理を愉快そうに眺める。放っといてほしい。


「あっちに柚子(ゆず)ちゃんいるね。呼ぼうか?」

「いや、いい」


今さら改めて話すことも思いつかない。

『あの時のクッキーがまずかったのはメシマズの神のせいだ』なんていうのか?

話がよけいこじれそうだ。

すると瑚子はあたりをきょろきょろと見回し、別の人物に目を止めた。


「あっちに(みのる)くんいるね。呼ぼうか?」

「要らん!」


それこそ何を話せというんだ。

きっぱり断ったおれに何を思ったのか、瑚子は声を潜めた。


「いつでも呪うよ?」

「呪わねーよ!」


瑚子は声を上げて笑った。おれの答えは想定の内だったようで、何か釈然としない。

足を踏み直して姿勢を正し、宙を浮かぶメシマズの神に向かって毅然と一礼した。


「神様。そろそろお帰りなさいませ」


そういや急におとなしくなったなと違和感を抱いた。

違和感を抱いた自分に驚いた。

おれ、メシマズの神が耳元で騒ぐのが当たり前になっている。

日常に組み込まれてしまったのだ。

周りは各々飲み物や料理を楽しんでいる、それが当たり前。

みんなが当たり前に持っているものをおれは持っていない。

持ってはいたけれど、欠けてしまった。

彼らの当たり前とおれの当たり前は大きく隔たっているのだ。


「離れる気はない」


姿を現したメシマズの神はばつが悪そうで、どこか寄り道をとがめられた子どものようだった。

一方で瑚子は彼女のおばあさんと同じ種類の威厳をまとっていた。


御身(おんみ)に宿った願いが消えるまでは、ですか?」


瑚子が息を吐くと、神はふてくされたように姿を消した。

おれは沈黙が気まずく、無理に話題を変える。


「で。幹事なのにどこいたんだよ」

「ちょっと仕事が立て込んでて。もう料理も食べないで帰るの」


スーツ姿なのはそういう訳か。

時計に目をやり、瑚子は居住まいを正した。


「拳太くん、お願いがあるんだけど。

 ほら、わたしキャリアウーマンだから。

 すごく忙しいんだよね」


イヤな予感。


「一緒にタイムカプセル取りに行ってくれない?

 拳太くんがこの会場へ運んでほしいの」


的中した。やっぱり面倒ごとだ。


「おまえなあ」


呆れて反論しかけると、瑚子はパンっと両手を合わせて拝んできた。

人にあまり無茶を頼むタイプではない。

本当に余裕がないのだろう。おれは渋々折れた。


「分かった。近くだし」


どうせ何を出されてもマズイのだ。これ以上留まる理由もない。


「ありがとう!今度何か送っとく」



会場を去り、瑚子とおれはそれぞれの車に乗りこんだ。

この辺を走るのは実家へ寄るときくらいだ。

それも子どもが大きくなるにつれ足が遠のいていた。

懐かしい景色をたどっていると記憶がよみがえる。

瑚子の家はさびれていたが、定期的に人の手が入っている形跡があった。

タイムカプセル――菓子缶は屋根付きの門の下に置いてあった。

これを持って帰れば、それで終わり。そのはずだった。

足が自然と家屋に向かう。

庭を横切り、誘われるように敷地の奥へ。

瑚子は何も言わず後をついてきた。

やがて(ほこら)の前に恰幅のいい男が立っているのに気づいた。

近づくにつれ顔がはっきりし、おれは呆気にとられる。


「克広?どうしたんだ」

「言ったでしょ。仕事だよ」


克広はしれっと言う。


「この祠の部分の土地だけ売りに出されるそうなんだ。

 それについて売主と商談してたんだよ」

「売主です」


瑚子がいけしゃあしゃあと手を上げる。


「わたしずっと海外にいるから、もうこの土地は親戚に譲るの。

 でもね、貧乏神の祠は困るって」

「……もっともだな」

「だからこの一角だけだれかに譲ることになって。

 元々河原近くにあった神様の祠が開発で取り壊すことになって、うちまでお移りいただいたんだしね。

 で、拳太くん買わない?」


文房具でも売りつけるような軽さで勧めてくる。

提示された金額は給料1か月分だった。


「もうちょっと安くできないのか?」

「冗談。お金なんかいらない。

 もういいよ。祠、壊しても。

 神様にはお移りいただくから。何年もかかるかもしれないけどね。

 安藤と水野と、二柱(ふたはしら)


水野って。妻の天音の旧姓だ。

安藤にその意味を尋ねようとした時、メシマズの神が虚空から姿を現した。


「拳太よ。お前にとってはいかに不愉快でも理を変えることはできぬ。

 わたしは集めた感情を還元せねばならぬ。

 いじめてきた同級生への恨み、出世した同僚へのひがみ、無理解な家族への怒り、孤立させられた社会への恨み――飢えた少女の祈り」


メシマズの神はいつもの不敵な笑みではなく、切実ささえ感じさせる表情で。

まるで、人間の女の子のような。

おれは改めて祠を見た。そこで気づく。

古いわりには手入れされており、お供え物もある。

一升瓶の酒とお菓子が数点、その奥は――橙色のひも状のカケラ。ミカンの皮?


「拳太くん、お供え物食べちゃダメだよ」

「食べねえよ!」


とにかく結論は出た。

息を吸って新鮮な空気を取り入れる。


「このままでいい」


笑いがひきつってしまった。

ひきつった、きっと無様な顔のままおれは続けた。


「おれは幸せなんだ、多分。ありがとう、2人とも」


克広は腑に落ちた顔で、瑚子はやや呆れた顔で、2人とも納得してくれたようだ。

もう一度祠を振り返った時に別の声がした。


「安藤、ここに居たのか!」


それは(みのる)だった。指原(さしはら) (みのる)


「あ」

「あ」

「な、何だよ」


同じリアクションをしたおれと瑚子に、実は少し引いた。


「拳太、か?久しぶりだな」


実の問いかけにも答えられず呆然としていると、実はオレの手の中の箱を認めて「ああ」と納得した。


「おまえがタイムカプセル見つけてくれてたのか。

 会場戻るんだろ。一緒に行こう」

「あ、あの、指原君……」

「安藤は仕事の打ち合わせだったな。

 ジャマして悪い。あとはオレがやっとくよ」


どうやら克広には気づかなかったようだ。

大丈夫だ、という気持ちを込めて二人にうなずいた。




一緒に会場まで帰りながら実はいきさつを話した。

タイムカプセルの担当は瑚子で、前日までに母校から回収したはいいが、肝心の今日家に忘れてしまったこと。

瑚子はそのまま会場から出てしまったため連絡ができなかったこと。

幹事である実がダメで元々、と会場を抜けて探しに来たこと。

話を聞いておれの中に疑いが芽生える。

仕組んだんじゃないだろうな。

瑚子を問い詰めたところではぐらかされるのも目に見えていたので、自分の中の疑念は抑えこんだ。


「拳太、仕事は順調か」

「まあ。周りに支えられて何とかって感じだ」

「部下の管理も大変だよな。気づいたか?今日来てる中で部長はおれとお前だけだ」


そうなのか、と相づちを打ったところで少し間ができた。

せっかくの機会だ。

おれはできる限りの演技力でさりげなさを装って問いかけた。


「なあ、実。須藤(すどう) (つかさ)って覚えてるか」


実はしばらく考え込んでいたが、


「あー。いたなあ。

今日は来てなかったけど、拳太と仲良かったっけ」


やっと思い出したようにぼんやりと答えた。

おれは適当に「いや」とごまかす。確か、実と司は別々の高校へ進学した。

それ以来連絡も取っていないようだ。

すると実はふっと口角を上げた。古い街並みに温かいまなざしを注ぎ、口を開く。


「あの頃は気楽だったよな。毎日遊んで、楽しくて」


――おまえは。


「そうだ、司もサッカー部だった。拳太よりおれの方が仲良かったよな」


――おまえは、司と。

冗談交じりで、得体のしれない神に呪いを託した。

その程度には鬱屈したものを抱えていたんだ。


「戻れるもんなら戻りたいよ」


でも、そんなできごとはお前にとってささいなことで。

『幸せな過去』という絵の彩りの1つとして淡くぼやけていき、とっくに埋没してしまったのだろう。

だったらそれでいい。

おれはおまえのこと恨み返したりしないよ。意地でも。



予定よりも大分早めに帰ってきたおれに、天音は何も尋ねず「お帰り」と言った。

すぐに台所へ戻ろうとする彼女の背に言葉をかける。


「天音。メシマズの神は大吟醸が飲みたいそうだぞ」


あ、と声を漏らしたきり天音は黙った。

ポカンと口を開けているのがおかしくて、おれは自然と笑う。


「それと、ありがとう」


そう告げると、天音は一瞬泣きそうに眼をすがめた。

が、自制するように顔をしかめ、軽くうなずいてきびすを返した。

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