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ゼリーのシロップは捨てる

おれは改めて手元のハガキを見直した。

『同窓会開催のお知らせ』。


「お前はどうするんだ、克広(かつひろ)


このハガキを持ってきた当人は、テーブルの真ん中に置かれたせんべいに夢中だ。

話を向けると、一瞬苦いものを食べたような表情を浮かべた。


「行かないよ。その日仕事だし」


口直しのつもりか、せんべいをバリっとほおばって続ける。


「ぼくより拳太くんだよ。瑚子(ここ)ちゃんと(みのる)くんが幹事だよ、どうする?」


幹事の(みのる)はおれにメシマズの神を憑りつかせた張本人だ。

答えに迷い、おれは目を泳がせる。

テーブルの上には、天音が出してくれたせんべいと真新しい切り花。

克広は家に来るとき、必ず花束を持ってきた。

飲食物を手土産にしないのは、きっとおれに気を使ってくれているからだ。


「おれは、行くつもりだ」


きっぱり言うと、克広は「みんなによろしく」と茶をすすった。

久しぶりに小学校のクラスメートに会いたい。

(みのる)とも。中学卒業まではわりと仲良くやっていた、と思う。

何を話すべきなのかはまだ分からないけれど、まずは参加してみるべきだと思った。

天音が台所からお盆を下げてきた。

茶を下げるタイミングを見計らっていたのだろう。それはいいが。


「天音。何だよその一升瓶」

「実はね。懸賞にみんなの名前で応募したら、全員分当たったの。

 わたしがお酒で、子どもたちはジュース。あなたにはゼリーの詰め合わせが」

「すげえ」


「あ、克広おじさんこんにちは」


娘があいさつをし、息子の方は会釈だけする。


「2人とも大きくなったね。お嬢さんはもう高校生?」

「どっちも受験だ。高校と中学と」

「わー大変だ」


2人ともゼリーをもらいに部屋から出てきたようだ――ちょっと待て。


「おれの分は?」


尋ねると、2人ともさっと目をそらす。


「お父さんが触るとすごい勢いで腐るじゃん」

「どうせまずくなるし」


ぐ。言い返せない。

すると天音がゼリーを2つそっと置いてくれた。

普段は食べないような高級なゼリーだ。

鮮やかで、でも派手ではない赤の水膜の奥に、リンゴが大きな一切れ。

克広は早速フィルムを開けて食べにかかっている。

スプーンですくうと柔らかく、それでいて弾力があり、スプーンの面積よりもやや広い範囲が持ち上がる。

いかにも滑らかそうだ。

おれは単純作業をする労働者のように淡々と口に入れた。

そして、味覚からの情報を受け流し、すべて飲み込んだ。


「おまえが今口にしたのは、ゼリーの製造工場で冗談半分で開発され商品に混じってしまったコンソメリンゴ味の試作品だ」


出やがった。メシマズの神。続いて福の神も姿を現す。


「お前も仕方ねえから当ててやったぞ。言っとくけど天音のついでだからな」


いや。うまいもんが食べたいんだが。

心の中でそう突っ込むおれに構わず、メシマズの神は「よくやった」と福の神をねぎらったあげく、


「だがわたしは大吟醸専門だ。覚えておけ」


図々しく注文をつけた。関係ないだろ、おまえ。


「悪いヤツだな。好みのものをやった所で呪い解いたりしないくせに」

「さすが福の神。よく分かっているなはっはっはあ」


メシマズの神が高笑いをする。おれは頭を抱えた。


「どうすりゃいいんだ」

「もう生まれ変わりでもしなきゃ無理なんじゃない?」


おれの敗北を悟った克広の言葉に対し、神たちがざわめく。


「転生したらメシマズが治った件か」

「福の神よ、それでは弱い。やはり強いのは美少女だ」

「そうだな。魔法とラブロマンスも取り入れて」

「せっかくだからゼリーのリベンジをさせてやろう」


話がまとまったらしく、こちらに向き合う。


「『転生したらメシマズが治った上に美少女でおいしそうなリンゴ食べたら魔女の毒入りで仮死状態になったけど王子のキスで助かった件』


ただの白雪姫じゃねえか。今世で何とかしてくれ。

ふと、興味深そうな克広と目が合った。

神同士のやり取りを克広は見ることも聞くこともできない。

見ているのはおれが手に持ったゼリーだ。


「どんな味がするの、それ」

「止めといたほうがいいぞ」


一応止めたが押し切られ、まだ口をつけていない部分をすくわせる。

口に入れるなり克広はむせた。

きっとリンゴの甘みとコンソメのうまみがおりなす不協和音に苦しんでいるのだろう。


「鶏ガラを使ってるのかな」

※これはゼリーを食べた感想である。


「油を使いすぎててもたれる」

※※克広が食べているのはリンゴのゼリーである。


「最初ラーメンかなって思うんだけど、次にラーメンにフルーツの缶詰入れちゃったみたいなのが来るね」

※※※これはゼリーの食レポである。


「過酷な世界に生きてるんだね、拳太くん」

「やめろ。頼むから」


ゼリーを再び無心で流し込んでいると、


屯田(とんだ)さん。電話が」


天音が受話器を手に、困惑した顔を浮かべていた。

克広は顔色を変え、礼を言って素早く電話へ向かう。

心配そうな天音に、おれは小声で告げた。


「克広の奥さん、今入院中らしい」

「……え」


天音はしばらく呆然としていたが、二度小さくうなずいて席を外した。

克広は受話器を抱え込むようにしてこそこそとしゃべっている。

外から『夕焼け小焼け』のメロディが流れてきた。地域の時報だ。

通話を終えた克広がそそくさと荷物をまとめだした。


「そろそろ帰らなきゃ。スーパー寄るし」

「ああ。大変だな」


家にあるおかずを持っていくよう勧めたが克広は遠慮した。


「今日は奥さんが外出で帰ってくる日だから、ちょっと贅沢するんだ。

 そういう時に奮発しておいしいご飯を一緒に食べて。

 それって当たり前で普通だけどすごくありがたくて幸せなことなんだなって思うよ」

「おい」

「あ、ごめん」


失言に気付いた克広は逃げるように帰っていった。

後片付けを天音としていると、隣の部屋から歓声が聞こえてくる。

子どもたちはゼリーをゆっくりと味わっているようだ。


「うめーこれ!」

「し!お父さんに聞こえるって」


気を使われていたたまれない気持ちになると同時に、子どもたちが『おいしい』という感覚を持っていることを確認して安堵する。


「遺伝しなくてよかった」


半ばひとり言としてつぶやいたのに天音が反応する。

手を止め、すぐ思い至ったように「ああ」と声を漏らした。

メシがマズい呪いのことだ。


「お前にも苦労かけてるよな」


天音はしばし手を止めて考え、片づけを再開しながら口を開いた。


「そりゃあね。どうにかして神様から解放されてほしいって何度も思った。

 家で作ってもお店に行ってもあなたはほとんど食べないし。

 おいしいって思ってもらえないのは寂しいし。

 (手間暇かけてごはん作ってマズいってやっぱりムカッと来るし)」


いま、最後になんか聞こえたような。


「でも、今はこのままでもやっていこうって思ってるの。

 子どもたちもあなたも元気で、こうやって毎日を過ごせている。

 おいしいって感覚を共有できなくても、食卓を囲めて、たまに真剣な話して。

 それで十分じゃないかって。

 (あなたの皿に失敗したやつ置けるし)」


やっぱり今なんか聞こえたような。

謎の声に戸惑いつつも片づけを終え、天音は包丁とまな板を準備した。

もうすぐ夕飯だ。休日の夕飯はいつもより少し豪華で、笑い声が濃くなる。

一抹の寂しさがよぎった。

おれも、知っていたはずだ。

小さいころに食べたお母さんのカレーとか。

メシマズの神から離れた短い間、天音の料理や外食で食べたものとか。

もう忘れてしまった。蜃気楼のように消えてしまった幻だ。

ふと、心配そうな天音と目が合い、おれは苦笑して首を振った。

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