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鍋料理には白菜必須

おれのその後をハイライトで流そう。


高校。

おまえが今食べているのは文化祭で彼女がとっておいてくれた焼きそばではない。

文化祭誰と回るかで浮気がバレそうになり全員の出店を回る羽目になった5股男の5店目の味だ。


大学。

おまえが今食べているのはマネージャーがくれた老舗和菓子店のどら焼きではない。

助教授のいやがらせで論文を妨害され三徹中の院生が命からがら口にした一週間前の差し入れだ。


就職。

おまえが今食べているのは仕事終わりに気の合う仲間だけで入ったラーメン屋の看板商品ではない。

狙っていた新入り受付嬢が若手エリートに心奪われ八つ当たりで部下に怒鳴った後すすっている中間管理職のカップ麺だ。



ウソだろ。

こいつまだ憑いていやがる。

おれの視線を感じたのか、メシマズの神がちゃぶ台の上にあぐらをかいた。行儀が悪い。


「何だ。言いたいことがあるなら聞いてやるぞ。聞き入れてやるかは、別だが」

「お前さ、いい加減祠に戻ったり別の奴に憑いたりしないの?」


するとメシマズの神は鼻で笑った。


「わたしがいつまでも同じ手段を用いると思っているのか。

 これを見ろ」

「だ、誰だよこいつら」


どこからともなく少女がぞろぞろと現れて整列した。

イヤな予感しかしない。


「こちらが清楚系白ワンピ、自販機で買えない上にお金も帰ってこない神!」

「ふつつか者ですがよろしくお願いしますね、ふふ」

「やんちゃ系ボーイッシュ、触れたボールの空気がすべて抜けてしまう神!」

「ま、こうなっちゃったもんはしょうがないから仲良くやってこう!」

「小悪魔系ツインテール、休みの日に気づいたら1時間たっている神!」

「あんたにずっとついてやるわよ、勘違いしないで嫌がらせだから」


「みみっちい呪いの神増えすぎだろ!」


何よりも引っかかるのが。全員メシマズの神と同じ12歳くらいという所だ。

どうせならいろんな年代にしてくれたらいいのに。


「下らぬことを考えて現実逃避しているようだが、驚くのはまだ早い。

 彼女ら全員秘密を持っているのだ」

「何だよ、秘密って」

「全員――正体がわたし!」

「ただの分身じゃねえか!」

「呪いも特にバリエーションが増えたわけではない。メシマズ一択だ」

「それだけは良かったよほんと!」



何とかメシマズの神から逃れようと努力したが、結果は空振りし続けた。

断ち切りたいと思っていても付かず離れず。

腐れ縁とはこういうことを言うのかもしれない。

小学校以来の縁と言えば、メシマズの神と安藤の他に最近再会したやつがいる。

小学校の同級生だった克広だ。同じ会社ではなかったが、近くに就職していた。

ほんのちょっとだけど仕事でやり取りもある。顔を合わせる機会が増えた。


「のんびりしゃべるなって言われちゃったよ。なめられるんだって」


克広はビールをあおった。

こうやってお互いグチりながら酒を飲むのが週末の定番になりつつある。


「気にするなよ。しゃべり方ひとつで相手をなめる方がおかしいんだ」

「そうも言ってられないよ。上司の指示だし」

「まあ、そうかあ」


おれがついだ酒を克広は口に含む。


「大丈夫か、克広」


ペースが早いように感じてそう尋ねると、克広はにっこりとうなずいた。


「こうやって友達とのんで、ごはんをおいしく食べてしっかり寝たら何とかなるんだ。

 一晩たったら忘れてるから」

「すごいなおまえ」


素直に感嘆すると、克広はまんざらでもなさそうだった。

ふと頭にひらめくことがあった。

魔が差した、と言えるかもしれない。

今おれに起こっていることを、ありのままに話したら。どんなふうに反応するだろう。


「なあ。それもなくなったら。

 例えばさ、ごはんまでマズく感じるようになったら、どうすればいいと思う」


克広は蛍光灯を仰ぎ見て、「うーん」とうなった。


「それはかなり追い込まれてると思うから。逃げて休んで、目標を見直すかな」


そう答えた後で、さっきから中身が減っていないおれのお椀とグラスに目をやった。


拳太(けんた)くんは食べることあんまり好きじゃないよね。昔っから」

「ずっと……憑りつかれてるんだ」

「え?」

「メシマズの神に。

 指原(さしはら) (みのる)須藤(すどう) (つかさ)って覚えてるか?

 あいつらに呪われた」


瑚子(ここ)以外の他人に打ち明けたのは初めてだった。

口が渇いてお茶を飲む。

周りの喧騒が急に大きく聞こえだした。

克広はたっぷり考えた後、上司から注意されたという間延びした調子で確認してきた。


「……もしかして……笑う所?」

「いや、そのままで頼む」


やってしまった。苦いものが胸に広がる。

何とか話を軌道修正して雑談に戻ったが、お互いほとんど上の空だった。



克広から再び連絡が入ったのはそれからしばらくたってからだった。

勢いで余計なことを言ってしまったという自覚。

危ない人間だと思われて避けられたんじゃないかという不安があったので、電話がかかってきた時はほっとした。


「週末空いてる?じゃあみんなで鍋しようよ。

 ぼくも周りに声かけるから、拳太くんも何人か呼んどいて」


簡単に時間を決めて話を終えると、すぐにまた電話が鳴った。

克広からまたかかってきたと思ったが、声は予想外に高かった。


「今週末はどう?来られる?」


瑚子だ。

安藤は引退したおばあさんの後を継ぎ、おれは定期的に安藤の家に通って解呪を続けている。

副業なしでこれ一本。結構稼げるようだ。

侮れないな、解呪商売。


「悪い、別の予定があるんだ。後回しにしてくれ」


他の仕事が入ったらそちらを優先するよう安藤には伝えた。

安藤の抱えている仕事は災害レベルの深刻なものがあり、おれのは比較的軽微で少額だと思ったからだ。

結果解呪はたびたび中断し、今のありさまとなっている。


「うん、大丈夫。大詰めだから見届けてもらうために来てもらおうと思っただけ」


話が読めない。困惑していると、瑚子は歯切れ悪く続けた。


「ほらわたし、継いだばっかりで未熟だから。

 うかつなことは言えないんだけどね。

 潮時だと思う」


ますます分からない。声音がいつもと違うことだけがはっきりしていた。

黙るおれに何を思ったのか、瑚子は深刻な調子でつづけた。


「人を恨んで呪って、それで得られるものなんかないよ。

 みんなそれが分からないほど馬鹿じゃない。

 でもそうせずにはいられなかった人たちがいるの。

 この仕事をしていると、呪いを解きたくないなってお客さんに会う。

 呪われて当然な人。天罰が下らなきゃおかしいくらいの人。

 だからせめて、そういう人には思いっきり吹っ掛けるの。

 いくらでも出してくれるから」


瑚子は言葉を切り、震える声でつづけた。


「わたしは拳太くんの解呪の手伝いができて良かった。ありがとう」


なんて返すべきか分からなくて。適当に生返事した。

1つだけはっきりしているのは。

中学生の小遣い程度で請け負ってくれていたのは、破格だったということだ。



おれの部屋に友達何人かが集まった。

克広の会社の人と、おれの会社で仲いい人たち。

独身寮の狭い部屋はいっぱいになってしまった。

克広主宰の鍋会だ。


「一応鍋とコンロ用意したけど。何にするんだ?」

「闇鍋」

「はあ!?」

「ほら早く、電気とカーテン」


指示通りに電気を消してカーテンを閉めると、真っ暗になった。

匂いで無理だし、口に含むともっと無理だ。

甘いのにすっぱくて苦い。うまみが無い。

みんなおそるおそるつつき始め、辺りに咳やうめき声が満ちた。


「うえええ」

「ぎゃあ!なんだよこれ」

「いやだ、ベトベトしてる」

「スープマズイ」


笑い交じりの悲鳴が飛び交う。

おれもおそるおそる鍋に箸を入れ、つまんだかたまりを口に含んだ。

そして、想像以上の味に叫びそうになるのをこらえ、何とか飲み込む。

ドロドロでもっちゃり甘い。何だこれ。


「拳太くん多分それ、ぼくが持ってきた栗きんとん」


思わず吹き出してしまった。

一度笑いだすともう止まらなかった。


「何でそんなもの入れてんだよ。ハハハ、まっず」


「小学校の時。毎日拳太くんとバカなことやってた気がする。

 今もっと、あの時よりもっとバカなことをやっていこうよ、拳太くん。

 呪いなんか忘れるくらい」


ああ、そうだ。それでいいんだ。

こんだけマズければ、呪われていようといまいと一緒だ。

みんな一緒に笑っている。おれだけが周りに合わせて作り笑いってこともなく。


「つまらぬな。これではただのいい話ではないか」


楽しい空間に落とされたその声は、清流に落とされた一滴の墨のようで。

おれは自然と顔を上げ、部屋の隅に立つメシマズの神と目が合った。

暗闇で見えないはずなのに、彼女の姿はそこだけ浮かび上がるように焦点を結んだ。

彼女は真顔と微笑の間、初めて見る柔和な顔で尋ねた。


「なあ。今、楽しいか?」


――楽しいよ。声には出さず、心の中で答える。


「この時間が続いてほしいか?たとえわたしがいても」


――そうだな。


「潮時だな。お前と安藤の娘の根気勝ちだ」


彼女ははかなく笑って消えた。

おれは鍋の側に置いてあったおにぎりに手を伸ばす。

この中の誰かの手作りだろう。暗い中でも手触りでデコボコなのが分かった。

一口ほおばる。具なしの、海苔すら巻いていない塩だけのおにぎり。


「うまっ」


メシマズの神がおれに憑いてから10年近く。

久しぶりに、心からその言葉が漏れた。

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