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ハムサンドは薄いハムを二枚重ね

「で、安藤家に何の用だったのだ?」


家に着くなりメシマズの神は姿を現した。

さっそく来やがった。おれは安藤との会話を思い出す。


「この部屋でした会話を神様は聞くことができない。

 だから、いろんな手を使って探ってくると思う。

 今日のこと、特に水やお香を使って神様から逃れようとしてることは知られちゃダメ。

 絶対ジャマしてくるから」


「知られないようにって。

 あいついっつもおれに憑いてるんだけど」


「だから気をそらすの……そうだ。

 呪われたきっかけでも聞いてみたらどう?」


「そんなの聞いて教えてくれるのか?」


「たいていの望みは聞いてくれるはずだよ。

 憑りつくのを止めてほしい、以外は」


「それが一番の望みだ」


「……ご愁傷さま」


安藤に心から悼まれて会話は終わった。

とにかくおれは安藤の指示通りにメシマズの神と向き合う。


「おまえに憑りつかれたきっかけを調べに行ったんだよ」

「ほう。ようやく聞く気になったか」


なぜか嬉しそうにメシマズの神は口角を上げ、おれの頭に手のひらを乗せた。


「目を閉じろ。見せてやる」


イヤな予感がした。が、大人しく従う。

すると、頭の中に直接映像が流れ込んできた。

西日の中、熱心に何かを拝んでいる2人の男子小学生。

2人の正面にあるのは、安藤の家の(ほこら)

指原(さしはら) (みのる)と、もう一人はサッカー部だった須藤(すどう) (つかさ)だ。

実は中学校が一緒で時々遊んだが、司の方はもともとそれほど仲良くなかった。

この2人が一緒なのは意外だが、まあいい。

同じサッカーの少年団に入っていたし、近所だから交流もあったのだろう。

問題は、なぜメシマズの神の祠で手を合わせているのか、だ。

おれの疑問に答えるように、映像の中の二人が口を開いた。


「せーの。拳太がなんかイヤな目に遭いますよーに」


祈った後、彼らは同時に吹き出す。


「って、こんなん効くはずねーだろ」

「な。バカみてえ」

「とか言って、おまえ本気で手合わせてたんじゃねえの」

「はあ?それはお前だろ」


下らないやり取りを続けながら小突き合って遠ざかっていった。

残されたのは呆然と立ち尽くすおれ。


「あいつら……何で……」


過去の2人の映像はすぐに消えてしまい、答えてくれない。

代わりにメシマズの神がおれの前に立った。


「知らぬ。些末な人間どもの動機など興味はない」

「ウソだろ、これ。お前が適当に作った映像じゃないのか」

「そんなことはせぬ。第一、それでわたしに何の利益がある」

「だから、おれを苦しめるとか」

「その目的ならば柚子(ゆず)とかいうお前が好きだった女子の映像にするぞ」


むごい。が、確かにその方が有効だ。

ぽつりと口から出たのはおれの本音だった。


「友だちだと思ってたのに」

「向こうはそう思っていなかったようだな!」

「うるせえよ」

「男の子の多くは自分たちがドロドロしている自覚がないままドロドロをこじらせていくんだぞ。

 自分と同列または下だと思っていた奴に幸運が舞い込むとドロドロは一気に増す。

 知らなかったか?」

「うるせー!」


叫んだ後で大きくため息をつく。ちょっと気持ちの整理ができない。

おれは何とか実と司を擁護しようと口を開いた。


「いや、あいつらだって、本気じゃないって言うか。冗談でやっただけだろ」

「他人の不運を神に願っておきながら『冗談』で済ますのか?

 ずいぶんとおめでたいことだな」

「それは……」


今度こそ言葉に詰まった。

そうだ。あいつらが願って、それでおれはメシマズの神に憑りつかれた。

あいつらが祠に願いなんかしなければ……祠?


「そういやおれ今日、おまえの祠に賽銭入れてお願いしてきたんだけど。

 おれから離れてくださいって」

「無効だ。先に頼んだ方が優先だからな。

 はっはっはもっと私に無駄金を貢ぐがいい」

「これ以上金払えるか!

 誰のせいでバカ高い水買ったと思ってるんだ!」

「……ほう」

「……あ」


メシマズの神は目をすうっと細める。

しまった。安藤から内緒にしろって言われてたのに。


「いや、今のはその、アレだ。違うんだ」

「なるほど。やはり解呪の手段を求めたか」


しどろもどろのおれを構いもせず、メシマズの神はふっと目を伏せた。


「初めて憑りついた日から今まで、お前は一度も『消えろ』とは言わなかったではないか」

「毎日言ってたけど!?」

「まあわたしを本気で追い出せると思うならせいぜい足掻け、はっはっはぁ」


メシマズの神は高らかに笑った。今までで最もイキイキした顔で。

おれはもう突っ込む元気もなかった。

呪いのきっかけを見て想像以上にダメージ受けていた。



「ハムサンドか。朝食としてはやや栄養不足だな。

 今日は特別に選ばせてやろう」


安藤の家へ行く道中、メシマズの神はずっとおれにしゃべりかけている。

はっきり言ってうるさい。

おれは無視して朝ごはんをほおばりながら足を進める。


「砂糖と塩をうっかり間違えるドジっ子妻に本気で文句を言おうと決意しているサラリーマンの朝食と、夫の給料が一部別の口座にいっていることを知り夫のものにだけ賞味期限が一週間切れた肉を使った主婦の朝食、今日はどちらがいい?」

「どっちでもいいからおれを巻き込むな!」


思わず立ち止まって突っ込み、食べ終えたサンドイッチの袋をポケットに入れて再び歩き始めた。

そこで気づいた。


「あっぶね今道間違えるところだった!おまえわざと迷わせようとしただろ」

「チッ。仮にも神であるわたしをあの狭苦しい祠に閉じ込めようとはけしからんやつだ」

「仮にも神であるおまえが舌打ちなんてけしからん真似するなよ」


これだけ饒舌だった神も、安藤家の敷居をまたいだ途端に姿を消す。

毎度この瞬間は肩の重荷が下りたような解放感がある。

奥の間に通され、安藤とふたり向かい合わせで座布団に座った。

おれは早速昨日判明した呪いの原因を安藤に報告する。


「てことで、実と司が元凶だったんだ。覚えてるか?」

「ああ。二人とも柚子ちゃん好きだったのに拳太くんとくっついちゃったもんね」

「え!?」

「……気づいてなかったの!?」

「あ、そういやそんなウワサも聞いた気するけど……まさか本当にそうだとは……

 って、途中で転校したお前が何で知ってるんだよ」

「ウワサの力ってすごいの。その後ふられたことも知ってるよ」

「余計なお世話だ」

「それで、どうするの。これから。2人に直接文句言う?」


おれは答えに詰まった。


「どうするって……」


今おれは2人との接点が少なくなってしまった。

中学校を卒業した今、(みのる)と話をするにはわざわざ呼び出さなきゃいけない。

司など小学校以来会っていない。

そして何よりも、あえて連絡を取って蒸し返すのも嫌だった。

黙って考えていると。


「やり返す?」


安藤は重ねて尋ね、居住まいを正した。


「解呪っていうの。貧乏神を拳太くんから剥がすこと」

「カイジュ」

「呪いを解くと描いて解呪。はっきり言うよ。拳太くんは、呪われたの。

 わたしとおばあちゃんは、拳太くんにかけられた呪いを解こうとしてるの。

 その術はつまり、呪いをかける術の反転。

 貧乏神よりも強力な呪いをかける力、わたしは持ってるかもね」


人を呪わば穴二つ。

人を呪うような奴は。身勝手な理由でおれをイヤな目に遭わせているやつは――

もっとひどいことが起こっても――

おれは深く息を吸った。新しい空気が肺に満ちる。


「安藤。カマかけてるだろ。

 門の看板、ぐにゃぐにゃの字で読みにくいけど、あれ『解呪専門』じゃないのか」


安藤が目を見開いた。図星だったようだ。


「呪ったやつを呪い返して、また呪われて。

 それってキリがないしどんどん落ちていくだけだ。

 あいつらと同じことはしない」


小さいころから両親が言っていたことだ。

人間はどんな状況でも幸せになることができる。

自分の幸せが何かを知って、それに向かって正しく努力し続ければ。


「恨んでないの?呪いをかけた二人、司くんと実くんのこと」

「頭には来るけど、あの二人をどうするかじゃなくて、これからおれがどうするかの方が大事だと思う」


安藤はうなずき、まっすぐにオレを見て先を促す。


「どうしたいかなら決まってる。あの神から早く解放されたい。だから手伝ってくれ、安藤」


「うん。毎度あり」


え、返事おかしくない?

これ以上つっこむと金の話がややこしくなりそうなのでおれは本題に入る。


「で、これは?」


おれの前に皿が置かれていた。紙粘土の模型かと思ったが、おにぎりだそうだ。


「おばあちゃんのお祈りさっき終わったし、食べてみて。ゆっくり味わってね」


またふっかけられるんだろうな、きっと。

けれど。今日のお祈りは長かった。

安藤のおばあさんは白い着物で、だんだんと儀式の本気度が増している気がする。

おれは少し緊張しながらおにぎりを口に含んだ。


「どう?」

「……何て言うか……まずい」


安藤が天を仰いだ。


「あーあ。そう簡単にはムリかあ」


ため息をつきたいのはこっちだ。

今までの労力は何だったんだ。

やっぱり騙されているのかもしれない、おれ。

今回もきっちり高額を請求され、大人しくおれは言い値を払う。

安藤は奥へ金を持っていき――


「あれ。いっぱいになっちゃった」


貯金箱に渡したばっかりのお金を押し込んでいた。

おれの金がつまってるんだな、あの貯金箱。

自分の心が折れる音が聞こえた気がした。

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