カップケーキは中央にチョコを入れて焼く
さくらんぼ柄の箱にピンクのリボン。
少しいびつな形をしたカップケーキが2つ、細長い紙の緩衝材の上に並んでいる。
「拳太くん、これ、食べて」
すこし照れ臭そうに柚子ちゃんが差し出した。
公園で会った帰りに渡されたそのケーキは、手作りだろう、もちろん。
柚子ちゃんはデートの終わりに結構プレゼントをくれる。
いつもうれしく受け取っていたそれが、おれにとっては魔女のリンゴのようにも思えた。
こんな試練が待っているなんてあんまりだ、神様。
「呼んだか」
すかさずメシマズの神が現れる。呼んでねえよ。
これは。ここで、食べる、流れ、だよな。
おれがゆっくり口に運ぶと、柚子ちゃんがキラキラした目で「どう?」なんて聞いてくる。
えーと。
どうって。無味無臭、ちょっとまずいです。
「チョコレート入れてみたの」
チョコレート入れてみても変わりません。
無理やり例えるなら、消しゴム食べたらこんな感じかなって言う味です。
いつまでも無言のおれに、柚子ちゃんが顔をこわばらせた。
「もういいよ!」
ベンチから勢いよく立ち上がり、柚子ちゃんはそのまま走りだす。
「ちょ、柚子ちゃん……」
引き止めようとするが、みるみる背中は遠ざかっていく。そんな。
おれは必至で追いかけるが、人通りが絶えたところで見失ってしまった。
柚子ちゃん早!
「おまえが味わったのは好きな女の子が彼氏にあげるための実験台にされた片思い男が味わったケーキだ」
解説を始めた神におれはつかみかかった。
「お前のせいで!怒らせただろ!どうしてくれんだ!!」
「わたしのせいで、だと。やはりお前もこの姿、美少女の魅力に抗えなかったクチか」
「ねえわ!人の話聞けよ!だからおれが今好きな子に振られたの!」
「泥沼の三角関係だな」
「真っ直ぐな両想いをお前が無理やり三角形にゆがめただけだ!」
ダメだ、こいつとは会話が成立しない。
このままじゃおれの充実人生設計が崩れてしまう。
こいつを何とかしないと。
そこでおれは思い出した。
メシマズの神に憑りつかれたのは、同級生の安藤の家で祠を壊してしまったからだ。
そうだ。明日安藤に聞けばすべて解決するぞ。
待ってろ安藤。明日学校に着いたら一番に聞いてやる。
「安藤 瑚子さんは転校しました」
次の日の朝のあいさつで、先生がそう告げた。
おれは頭が真っ白になったまま過ごし、休み時間。
「びっくりしたね、拳太く……」
「何で転校するんだよあんどおおお!!」
のん気に話しかけてきた克広に向かっておれは絶叫した。
くっそー。昨日留守だったのは引っ越した後だったからか。
「びっくりした。拳太くん、そんなに瑚子ちゃんと仲良かったっけ」
「仲良くはないけど大事な話があった」
「……告白?」
「ちげえわ!」
ああ、クラスの女子の視線が痛い痛い。
柚子ちゃんを怒らせた昨日の今日で教室の空気は泥のようだ。
おれが顔を上げると、ひそひそ話をしていた女子がパッと黙る。
とにかく。ここで怯んでいたら目的は果たせない。
作戦変更だ。
教室では話ができない。おれは克広を運動場の一角へ連れ出す。
「今日はクラスの雰囲気が重いよね。何だろうね、拳太くん」
嫌みではない。克広は本当にウワサの輪の外にいるんだと思う。
話の切り出し方を迷っているおれに構わず克広は1人でしゃべる。
「昨日のテストどうだった?ぼく、名前書き忘れて0点だったんだ。いい点だったらお小遣いくれるはずだったのに」
「おまえかあ!」
「え、何?」
「おまえのせいだ!」
「確かにぼくのせいだけど!」
いきなり責めだしたおれに克広は目を白黒させる。
ダメだ。その話をするために呼んだんじゃない。
おれは深呼吸して話を切り替えた。
「克広、おまえって安藤の家の近くだったよな。前に近所のおじいさんの話してただろ」
「近所のおじいさん?」
「ほら。何か、憑りつかれてごはんがマズくなったって。
悪霊とか――貧乏神、とか」
克広はと首をひねり、やがて思い当ったように「ああ!」と声を上げた。
おれはメモ用紙と鉛筆を出した。
「そのじいさんの家、教えてくれね?」
克広が渡してくれた地図と見比べ、おれはとある家の前で立ち止まった。
呼び鈴を押して待つことしばし。
玄関から出てきたおじいさんに一礼する。
「は、春川槙吾さん、ですか」
おじいさんは応えずにただ鋭い目つきでおれを観察している。
知らない人を訪ねるのはすごく怖い。それでも。
おれの今後の人生がかかっているんだ。
「おれ、貧乏神の話を聞きたくて。克広――近所の屯田さんに紹介されて」
そこまで説明すると、おじいさんは納得したように頷いて中に入れてくれた。
机越しに向かい合わせで座ると、おじいさんの方から話し出した。
きっかけのような出来事はなく、ある日突然メシマズの神が現れたこと。
憑りつかれていたのは数年前からつい最近までだったこと。
「口にするものすべてが泥のようだった」
「それは――」
おれが口ごもると、
「まあ、何も辛くはなかったがの」
おじいさんはケロッとした様子だった
「え?何で?」
「毎日美少女がそばにいて!おはようからおやすみまで見守ってくれる!
孤独死の心配なし、説教相手を常に確保、食費も生活費もいらん!
すなわち天国!」
「そ、それで?憑りつかれなくなったきっかけって」
「その気持ちを素直に伝えた上でフランス人形のような服を着てほしいと頼んだらパタリと姿が消えて。
今は食いもんもすっかり普通の味になった」
このじいさん、すげえ。やべえ。すげえやべえ。
神様を逃げさせやがった。
「昨日スーパーで勝ち取ったプリンはまあ、少し味気なかったが」
ああ。この人みたいにするのはムリだ――いろんな意味で。
「それで、拳太くんか。きみもあの貧乏神に憑りつかれとると」
「はい、まあ」
「何とうらやましい。生活は変わったのか」
「彼女に振られました」
「小学生で!彼女!?」
「友だちの家でもらったジュースも味しないし、女の子がくれたお菓子も感想言うの大変だし、少年団のサッカーのキャプテンなのにみんなと食べてもおいしくないし、児童会の行事で会長の仕事してた時も……」
「ちょ、ちょっと待った」
「何ですか」
「何が不足なんだ、きみは」
尋ねられておれは瞬きした。不足って、アレ?
「だから彼女に振られました――あとはごはんがマズイ以外は、特に」
「……じゃあ、よくないか。聞いていればまた彼女できそうな雰囲気だ」
じいさんにそういわれ、おれはポカンとする。
……そっか。
おれはじいさんと違って、メシマズの神に憑かれていることはちっとも嬉しくないけど。
このままでも充実した生活を送ってやればいいんだ。
決意を固めたおれを、メシマズの神は珍しく真顔で見ていた。