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カレーにじゃがいもは入れない

蹴り上げたボールはてっぺんで一度止まったように見えた。

白黒の模様が色あせて薄茶色になってしまったサッカーボール。

空は見事な緋色に染まっている。

もうすぐ暗くなってしまう。放課後はいつも短く感じる。


「毎日外食」

「いい車」

「東大」

「有名な会社」

「別荘」

「社長」


三人がかわるがわる上げる言葉と共にボールが空を泳ぐ。

同い年の克広(かつひろ)(みのる)と一緒に、狭い公園でボールを順番に回していく。

今日のテーマは理想の人生だ。


「美人の嫁。はい、克広(かつひろ)


(みのる)から克広(かつひろ)へボールが渡った。


「ぼくは美人じゃなくても、料理うまい人。拳太(けんた)くんは?」


おれの番だ。うーん、そうだな。


「おれは全部!」


おれのボールはひときわ高く上がった。

理想が一つだけなんて誰が決めたんだ。

願うだけならどんどん願っていけばいい。


「なあ、拳太(けんた)


(みのる)がボールを足で受け止めた。


「おまえ、柚子(ゆず)ちゃんに好きって言われたのか?」


数回蹴って調整し、こちらへよこす。

そうか。早いなウワサ。


「まあな。だれから聞いたんだ」


ボールを(みのる)へ戻す。風が強いせいで少しずれてしまったのを(みのる)は慌てて受けた。


「みんな知ってるよ。な、克広(かつひろ)


今度は克広(かつひろ)へボールが渡った。克広(かつひろ)はうん、とだけ答える。

正直言っておれは浮かれてた。勉強もスポーツも頑張ったし、友達付き合いも気を使って、好きだった柚子ちゃんとも晴れて両想いになれた。

全部順調だと思ってたんだ。

この日は、風が強かった。

ここからの記憶はスローモーションだ。

おれの蹴り上げたボールが、風に乗ってふわりと。浮かび上がる。

マンションのフェンスを越えて、放物線の頂点を過ぎる。

緩やかに下っていって、坂下の家並みに吸い込まれていく。

ややおいてはるか下から、ゴトン、と鈍い音が響いた。

そこでようやく時が正常に動き始めた。

おれたち3人はフェンスにへばりついて下をのぞく。


「どーすんだよ、おい!」

「取りに行けばいいだろ。誰も住んでないんじゃないか、あそこ」

「バカ、あれは安藤の家だ」


あいつ、あんなところに住んでんのか。

クラスメートの住宅事情を知ってしまったところで、(みのる)が指図し始める。


「おれと克広がチャイム押して引きつけるから、その間に拳太が取りに行け」

「バレるだろ!」

「よく見ろあそこ。裏口があるんだよ。

そっから入れば見つからずに取ってこれる」

「いやいや明らかになんか壊れた音しただろ。みんなで謝って」

「蹴ったのは拳太だから拳太取りに行けよ」

「いやいやいやいや」



ピンポーン。

軽い音が響いた。結局押し切られ、おれは裏口から侵入している。

家は幸い留守だったらしく、呼び鈴が鳴っても人の気配はない。

木々の隙間から(みのる)の手が頭を二回かくのが見えた。

『今だ』のサインだ。

ちなみにもう一つ決めたサインは、両耳を引っぱる『助けて』。

これ使うときって逃げた方が早いんじゃないのか。

なんでこんなサイン決めたんだ。

あいつ知的ぶるの好きだからな。

普通に謝ったほうがいいと思うけどな。

内心ぶつぶつ文句を垂れながら、とにかくおれは玄関と反対方向に歩き出した。

妙な岩や木が並ぶ庭を抜けて奥へ。

サッカーボールは行き止まりの建物の上にあった。

石で作られた家の模型、みたいな。

ボールが当たったせいだろう、一部が崩れて地面に転がっている。

後で知ったがそれは(ほこら)って呼ばれるものだ。

おれはサッカーボールを手に持った。

自分の方へ引っぱると、同時に。別のものが引っこ抜かれた。

ボールに添えられた手が、おれ以外にもう一対。

女の子だ。

ボールを持ち上げた勢いに乗っかるように、その女の子はおれの頭上へふわりと浮かんだ。


「おまえ、名前は?」


問われて、あっけにとられたおれは名前を言った。すると女の子は笑みを深くした。


「では唐沢(からさわ) (けん)()。今後世話になるぞ」


一方的に告げ、そのまますっと消えてしまった。


「どうした。お化けでもいたか」

「拳太君、大丈夫?」


両耳を引っぱっているおれに、駆けつけた二人は不思議そうな視線を送ってきた。



わたしは昔貧乏神と呼ばれていた。

人に()りつき、貧乏にすることで(おそ)れと信仰を集めていた。

だが、「むしろ金持ちのが不幸じゃね?」という風潮が生まれている。

わたしは多少未来も見えるのだが、今後それが主流になっていくようでな。

営業形態を変えざるを得なくなったのだ。

そしてわたしは思いついた!

食べ物が豊かにそろう時代は、食べる飯がことごとくマズイというのが結構効くのではないかと!

そんな顔をするな、改善したことは他にもある。

前は髪ボサボサで汚いおっさんの姿を取っていたんだが、今にはそぐわなくなってしまってな。

ごく一部で崇め奉られているという美少女の姿に変えたんだ。

どうだ、うれしいだろう


(ほこら)で会った女の子はおれが部屋に着くなりまた姿を現した。

そして一方的に話をし始めたのだ。

どうだって言われても。そりゃ顔だけはめっちゃ可愛いけど。


「いや、おっさんよりは嬉しいけど……まず憑りつかなきゃいいだろ!」

「ムリだ!」

「即答!」

「わたしは望まれたからここに居る。それを(くつがえ)すことはできない」

「望んでねえよ。帰ってくれ」

「ムリだ!!」

「即答!!」


その時。お母さんがおれを呼ぶ声が聞こえた。夕飯が出来上がったのだ。


「ちょうどいい。証明できるな」


女の子――メシマズの神がそう呟いて笑った。

心臓が鳴る。おれはつばを飲み込んだ。

やけに長く感じる階段を下り、一階の食卓へ。

今日の夕飯はカレーだ。大好きな、お母さんのカレーだ。


「いい食材を使おうが、調理を工夫しようが、好物だろうが関係ない」


メシマズの神のひとりごとを聞きながら、カレーを受け取る。

横でフワフワ浮いている女の子にお母さんは無反応。

神の姿も声もやはり、おれ以外には感知できないらしい。


「人には、うまいものを食べているはずなのにまずく感じるときがある。

体調の問題、精神状態、同席する者の存在。

人々に蓄積されたメシマズを集約し顕現するのがわたしの力だ」


スプーンを口に含み、ぐ、とうなった。

薄い、その上しょっぱい。うまみは一切無い。

一言でいえばまずい。

メシマズの神がふんぞり返って口を開いた。


「おまえが今食べているのは母の手作りカレーではない、涙だ!」


何言ってるんだこいつ。


「お小遣いアップをかけたテストで名前を書き忘れてしまい涙でぐしょぐしょになったとある小学生の夕飯のカレーだ!心して食え!」


カレーに何てひどいことするんだ。謝れ。

そしてなんて物を食わせるんだ。謝れ。

周りには見えてないようなので、心の中でつっこむ。

どうにか食べ終えたおれを待っていたのは。

一個のプリンだった。

そう、カップに入ったプルプルの。ほろ苦いカラメルと卵の味わいが最高のハーモニーを生み出す魅惑のスイーツ。

や、やめてくれ。それだけは、プリンだけは。

恐る恐る見上げると、神は心底楽しそうな笑みを浮かべていた。

おれが食べるのを、待っている。仕方なくスプーンでプリンをすくう。

口に含み。また、ぐ、とうなった。


「おまえが今食べているのは哀れな老人のプリンだ」


やっぱりこれもかよ!


「それはスーパーで小さい子どもが手を伸ばしていたのを押しのけてゲットしたもののいざ食べるときに泣きそうな顔が思い浮かんで後悔している老人のプリンの味だ」


そういうの『じごうじとく』って言うんだ。今日習った。

そして何でそんな奴のプリンを食わされてるんだ、おれは。

ボール当てたからか?自業自得なのか、おれも?

遠ざかり始めた意識の中でそう思った。


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