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親友が「花嫁を交換しよう」と言い出した


両肩を眼前の男に掴まれ、その真剣な眼差しに困惑した。

大事な話があると言われて身構えるが、男が口を開くととんでもない言葉が飛び出してきた。

 

「リット、花嫁を交換しよう」

「…………」


 彼はアグラスト・シーヴェスター。

 俺の親友である。


「…………は?」


 なにを言ってるんだこいつは。

 いや、なんて言った?

 花嫁を…………なんだって?


「は? なんて?」

「だから、明日の卒業パーティー兼、結婚式で、花嫁を交換しよう」

「…………」


 聞き間違いじゃなかった。


 我が国——エーヴァス公国は隣国、シーヴェスター王国よりもう一つの大国、ジャヴァロン帝国に対抗するべく建国された小国である。

 とはいえ、帝国と我が国の間には邪樹の森という魔物を生み出す森があり、帝国もおいそれと手出しができない。

 その代わり我が国はこの帝国と邪樹の森、そして母国とも言うべきシーヴェスター王国の均衡を保つ役割を担うこととなった。

 幸い、現皇帝は争いのしすぎで国内を整えるのに手一杯。

 邪樹の森は我が国の定期的な伐採と討伐により静かなもの。

 しかし、均衡と平和はいつ崩れるかわからない。

 そんな中、シーヴェスターの王立学園に招待されて入学した俺——リット・エーヴァスはちょっと今言われた言葉を理解できずに聞き返してた。


「は、花嫁を交換? なに言ってるんだお前。頭でも打ったのか? 花嫁を交換って、俺の婚約者とお前の婚約者を明日の結婚式に交換しようって……そういう話をしてるのか?」

「そういう話だ。……その……気づいていたと思うが、俺はお前の婚約者——ミリー嬢に惹かれている」

「っ」


 我が公国の侯爵令嬢、ミリー・ダイヤ嬢。

 俺と同い年で、ともに多くを学ぶべくエーヴァス公国からここ、シーヴェスター王国の王立学園に留学してきた。

 しかし、入学当初からアグラストとどんどん親しくなっていって、最近は俺よりもアグラストとともにいる時間の方が長そうだ。

 まあ、ミリーは確かに優秀な淑女。

 大国シーヴェスター王国の王妃になっても問題のない血筋と家柄と美貌、教養を持つ。

 性格も穏やかで優しく、大国の国母に相応しい。

 正直、彼女の方が成績優秀でずっと肩身狭い思いをしていたところはある。

 俺は彼女に不釣りあいだ、と。

 だが……。


「フォリア嬢のことはどうするつもりだ?」

「だから、お前に任す!」

「くっ、なんて勝手なことを! 見損なったぞ!」


 この場が俺とアグラストのみの談話室でなければ、かなり問題になる話だ。

 しかも当事者である“彼女たち”もいない。

 俺とアグラストのみの、談話室。

 明日、俺とミリーはアグラストの提案で卒業式と同時に結婚式もこの国で行う予定だった。

 その最後の話し合いが、この場で行われるはずだったのだ。

 それなのに、アグラストが持ちかけてきたのはなんという裏切りだろう。

 ソファーから立ち上がり、部屋に戻ろうとした。


「待ってくれ! 花嫁の顔は隠す! 俺は、どうしてもミリーと結婚式を挙げたい! 頼む!」

「っ……」


 本当に、ひどい裏切りだと思う。

 だが、同じ【次期国王】という立場上、アグラストのわがままがどれほどの覚悟で発せられたのかわからないでもない。

 ひどい裏切りだと思う。

 けれど、そのわがままを言えてしまう勇気が羨ましくもあった。

 それに、俺に許可を求める問題でもないだろう、これは。


「…………わかった。ただし、彼女たちが双方了承したら実行に移す」

「! リット……ありがとう」

「礼は早いだろ。……フォリア嬢は許さないかもしれないんだから」

「あ、ああ……そうだよな」


 そうだ、まだ確定ではない。

 俺は隣室に待たせていた側近のジードを呼んで、ミリーとフォリア嬢をこの談話室に呼んでもらう。

 呼び出し理由は明日の卒業式と結婚式について。

 もう一度段取りを確認しておきたい、と言付けた。


 間もなく二人がやって来て、部屋の中は俺とアグラスト、ミリーとフォリア嬢の四人が揃う。

 ジードが気を利かせて、四人分のお茶を淹れてテーブルに置く。

 なんとも言えない緊張感が部屋に漂う。

 俺と、そしておそらくフォリア嬢特有のものだ。

 柔らかなふわふわとしたローズピンクの髪を左右編み込みにして腰まで伸ばしている、赤いドレスの美少女が俺の婚約者——ミリー・ダイヤ。

 その隣にいるのがシーヴェスター王立学園で王太子アグラストの婚約者として、嫉妬の槍玉に挙げられ、それでもなお堂々とした佇まいで腕を組むモスグリーンのドレスを纏った茶色い髪をポニーテールにした少女。

 そばかすを化粧で隠すこともなく、堂々としているのが——フォリア・グランデ嬢である。

 佇まいだけでも正反対。


「…………」


 フォリア嬢とは、俺もこの三年間で数えるほどしか会話をしたことがない。

 しかし、シーヴェスター王国と我が国との国境を守護する辺境伯令嬢であることは知っている。

 我が国と邪樹の森で帝国は今でこそおとなしい。

 だが、いつ帝国が体制を立て直して邪樹の森を乗り越え、我が国に攻めてくるとも限らない。

 そうなれば彼女の家はシーヴェスター王国の盾として剣を取り、防衛を行う。

 つまり、アグラストとフォリア嬢の婚約は、その信頼関係を強く保つことが目的の政略結婚。

 そして国の防衛を目的とする政略結婚であるのならば、同じく盾の意味合いを持つエーヴァス公国の侯爵令嬢、ミリーとの結婚は……アグラストにとってもエーヴァス公国にとってもダイヤ侯爵家にとっても問題はないもの……ってことになる。

 深く、溜息を吐く。

 お前が言い出したのだから、お前が言えよと俺はアグラストを睨む。


「……実は提案があるんだ。明日の卒業式後の我々の結婚式、花嫁を交換したい」

「え?」

「交換?」


 本当に驚いた様子のミリーと、意味がわからないと首を傾げるフォリア嬢。

 まあ、ですよね。

 俺も最初聞いた時はなに言ってんだこいつと思いました。


「フォリア、俺は明日……このミリー嬢と式を挙げたい」

「! ア、アグラスト様……!」


 驚きと、そして喜びの滲んだ顔と声。

 しかしすぐに俺の手前だと思い出して俯くミリー。

 遅い。もう十分、今のでミリーの気持ちはわかってしまった。

 おそらく、フォリア嬢も。

 キョトンとした表情は一変。


「ああ、そういうことか。私は構わんぞ」

「フォリア」

「式と言わず、このまま本当に私との婚約など破棄してミリー嬢と結婚するといい、アグラスト殿下。正直、王太子妃など私には恐れ多いと思っていた。無理無理。辞めていいなら万々歳だ」

「ぇ、ええ……」

「フォリア……! 本当か!? 本当にいいのか!?」

「いいとも!」


 ふん、と腕を組んだまま鼻息荒く、とてもいい笑顔で言い切った。

 なんてことを。

 そんなことしたら、君が周囲になにを言われるか……。

 アグラストは喜んでいるが、そんな簡単な話ではない!

 これは政略結婚なんだぞ、なに喜んでるんだ!


「っ……! そ、それならフォリア嬢! 辺境伯令嬢として我が国に来てはいただけないだろうか!」

「へ?」

「それならあなたの外聞も保たれる。我が国はシーヴェスターよりは小さな国だが、我が国の隣には邪樹の森がある。辺境伯令嬢としての力を発揮してほしい!」

「…………」


 腰に手を当てて、俺の話を聞いていたフォリア嬢はまた目を丸くする。

 そしてすぐに「えぇ……」と嫌そうな顔。

 まあな! アグラストに比べれば俺は顔も良くないし、平々凡々だろう。

 だが、俺はアグラストもミリーも大切だ。

 その煽りを受けて彼女が不幸になるのは見過ごせない。


「え、えーとその、つまりですね! アグラストはミリーに、俺があなたに恋をしたことにしましょう。そうすれば世間の目から、二人を守れます」

「なるほど、そういうことか! 理解したぞ! 私とリット殿は“ふり”ということだな!」

「そ、そうですね、まあ、その、はい」

「リット……フォリア……本当にいいのか?」

「お前が聞くな馬鹿野郎」

「リット様……」

「……ミリー、君はアグラストがいいんだろう? 俺は君が幸せならそれでいいし、アグラストなら君を幸せにしてくれると思う。どうか両国の架け橋となってほしい」


 もうここまできたらやけくそに近い。

 フォリア嬢はあまり深く考えない性格なのか、アグラストとミリーの気持ちを聞いたら「それがいい。好きあっている者同士が結ばれるのが一番いい!」と手放しで祝福している。

 いい子すぎて胃が痛い。


「はぁ」


 こうして友人と元婚約者の結婚を祝福すべく、俺は婚約破棄の手続きと新たな婚約の手続きをジードに指示する。

 わっはっはっはっ! と笑うフォリア嬢は、果たして自分の置かれた状況を正しく理解しているのだろうか?

 なんか全然わかってなさそうなんですが。


「胃が痛い……」



ブクマと評価ボタンぽちーとよろしくお願いします!

あんまり長くしない予定なんですけど長くなったら笑ってください。

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