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「ようこそ、客人がた。フェザレニアがあなたがたの翼を休める地となればよいのですが……」
目の前には絶世の美女ってやつが座って優しい笑みを浮かべている。
その面差しは私の隣に立つフォルカスとどこか似ていて……似ていて当然だよね! 親子だもんね!!
あれから私たちはドレスアップしろとかいう高位貴族の息がかかった侍女さんに詰め寄られたりそれじゃあ別に謁見なんぞせんでもいいわっていうやりとりの末にこうしてここにいる。
いや、たかが冒険者如きが一国の女王と面会するんだから身なりを整えろってあちらの意見もわかりはするんだけどさあ……ちょっと押しつけがましいっていうか、公式の物じゃないし。
それに私は『女王陛下』に会いに来たっていうよりは『フォルカスのお母さん』に会いに来たって気持ちの方が強いから、やれたかが冒険者がーとかやれ格式がーって言われても正直めんどくさいの一言に尽きるのよね。
途中イザベラが悪役令嬢っぽい笑顔で女王が命じたことじゃないだろうとあたりをつけてそこを突いた発言をしたり、オリアクスが飽きて面倒だからこの場をフォルカスたちに任せて自分たちだけで黒竜帝に会いに行こうとか言い出すしで結構カオスだったのよ?
まあそんな押し問答の結果、フォルカスが戻ってきて一喝して終わったんだけど!
「母上、……彼らが来ることを、誰に言ったのですか?」
「あらあら、フォルカス、そう不機嫌さを露わにするものではありませんよ。……わたくしが誰に何を告げずとも、そなたがこの国を目指していることを見た者は少なくありません。多くの権力を持つ者たちの目はどこにでもあるということを、そなたはよく知っていると思いましたが」
「む……」
侍女さんたちに私やイザベラがドレスを押しつけられていたのはやはり女王様の意向じゃなかったらしい。
イザベラに言わせれば、フェザレニアの女王陛下というのは慈愛に満ちた方で上手に国を治めている人格者という風に知られているとのこと。
まあ、国内を見てきた限り確かに人々の暮らしも豊かで、人種の多様性だけじゃなく宗教なども複数あるのに関係は悪くない様子だった。
それだけで為政者として優秀なのだろうと想像はついたけど……まさかそんなすごい人が五人の子持ちとは思えないほどの美人だとは……ホントどうなってんだこの世界。
「それよりもそなたの仲間と、大切な女性を紹介してくれるのでしょう? 母はそれを楽しみにしていたのだから」
「……私の隣にいるこの男はディルムッド、相棒です。そしてこちらのアルマが私の番です。この二人は私と同じジュエル級冒険者で信頼に足る人物です」
「ドーモ」
「はじめまして」
ふわりと微笑みながらこちらを嬉しそうに見つめてくる女王様にディルムッドと私はなんとなく、こう、居心地悪さを覚えているっていうか、気恥ずかしいっていうか?
いや、友達の親御さんに会うとかはさあ、前世でも経験があるわけじゃない。
今世だとディルムッドの親御さん……ライリー様とかにだって会っているわけだし?
照れくさいのはフォルカスが女王様に私たちのことを真面目に紹介するからであって……あああああ、うん! どういう顔しろって!?
わからないわあ、これは記憶にないな!!
とりあえずなんとかハジメマシテだけは言って笑顔を浮かべたつもりだけど、ちゃんとできてたかな? おかしくないかな?
(さすがに女王様に変なヤツって思われたら目も当てられないわあ)
交際相手の親御さんにマイナスイメージを持たれるところからスタートはちょっとね。
そんな私たちの様子に気づくこともなく、フォルカスはそのままオリアクスとイザベラを紹介した。
「それからこちらはオリアクス殿と、アルマの妹でイザベラだ」
「お初にお目にかかる」
「お会いできたこと、光栄にございます」
女王様は二人を見て少し目を細め、ほうっとため息を一つ。
……視線は、イザベラに向けられている。
(さすがに女王様はご存じってか)
まあ、そりゃそうだろうね。
私の妹として紹介されたとはいえ、イザベラは次期国王と目されていた王子の婚約者という立場だった女性だ。
そんな彼女は社交の場に立つことだってあったのだから、フェザレニアの女王陛下と面識があったとしてもおかしくないし、もしなかったとしても今回の件は駐在大使などからすでに聞いているはずだ。
「……そうですか、アルマさんの妹さんなのね」
「はい。さようにございます」
そのことはイザベラだって百も承知でハジメマシテという態度を貫いているのだろう。
というか、〝公爵令嬢イザベラ=ルティエ〟はあの国に捨ててきたのだからそれで間違いじゃない。
「姉妹仲はよろしいのかしら?」
「ええ、それはもう」
イザベラと私は、女王様の問いに顔を見合わせて笑った。
私たちの様子に安心したような笑みを浮かべてくれた女王様は他意などなく、もしかしてイザベラが今まで苦労してきたことを心配してくれていたのかもしれない。
フォルカスがどんな風に伝えているかわからないし、どこでどう伝言ゲームがあったかわからないしね……後でちょっと聞いてみた方がいいかもしれないなあ。
よその国にはどんな風に伝わっているのか、気にしたことがなかったもんだから、これはいい機会なのかもしれない。
「……オリアクスは私の父親です。家族揃ってご挨拶できて、とても嬉しく思っております。どうぞよしなに、フォルカスのお母様」
どうだ!
これ以上ないほど自然に、かつ恋人の母親にご挨拶してやったぜ!!




