麗しの乙女
「おお、わが麗しの乙女よ。お隣に座っても?」
「いやです。よそへ座ってくださいまし」
「そ、そんな……」
アレッサンドロ様がわたくしに対して、好意を寄せてくださっていることは理解しているつもりです。
見た目が気に入って『一目惚れした』と仰っていたので中身はともかく、この見目がとても好みなのでしょう。
わたくしは、元々自分の容姿が好きではありませんでした。
つり目が強めである面差しは、教師に睨んでいるようだと言われ咎められたこともございましたし、この髪と目の色が陰気だと裏で貴族のご令嬢たちに言われていたこともあります。
ただ、醜いわけではないのでしょう。
王子のお気持ちを射止めることはできずとも、愛し守りたいような可憐さはなくとも、それなりに整った容姿であるのだと、思います。
アレッサンドロ様に告白まがいなことをされた件には驚いてしまいましたが、アルマお姉様や、行く先々で市井の方々に褒めていただいていることから、きっと良い方だと思うのです。
宮廷にいた頃は、王子の婚約者であったから褒められていたと思い驕らぬよう気をつけておりましたからあまり気にしたことはありませんでした。
(確かにわたくしは、宮廷育ちで美容に気をつけて育った分、磨かれていましたし……今もアルマ姉様のおかげで不自由もない)
あの時、王子に見捨てられたわたくしが辺境の修道女になっていたなら、きっと違ったと思うのです。
冷たい水を使っての清掃や生活の日々にはスキンケアなどする余裕がないことを、わたくしは知っています。
彼女たちはそれすらも贅沢品とし、質素な暮らしをしているのです。
(……自分であの時は修道女になり、生涯を神に祈りを捧げ暮らしたいなどと言いましたけれど、きっと耐えられなかったわね)
貴族の令嬢として暮らす中で、人々に傅かれ美しく磨かれることも仕事の一つでした。
それもなく、一人で自分の面倒を見ることすら覚束なかったわたくしにはきっと辛い日々になっていたに違いありません。
強引だったとはいえ、アルマ姉様がわたくしの姉になってくれると仰ってくれてそれがどれほどの幸運だったのかと今では神に感謝しております。
アルマ姉様は、優しい。
わたくしも、市井で暮らすようになって人々がどれだけおおらかなのかを知りました。
罵声を飛ばし合っていたかと思うとそれが冗談であったり、皮肉であったり、それらは貴族同士の表向きとても穏やかで友好的に見えていながら、実は相手の言葉尻に滲む失敗を待っている、そんな世界とはほど遠いと知ってビックリしたものです。
まあ、勿論、市井でも商人たちだけでなくそういったことを生業として自分を優位に立たせようとする方々はいらっしゃるようですけれど。
……それでも。
フォルカス様の弟君だというアレッサンドロ様の仰りようはわたくしの中で、許せるものではありませんですわ!
アルマ姉様のことを『平々凡々』ですって?
艶のある黒髪に、青い目はいつだって聡明で澄んでいるし、わたくしを撫でてくれる手の優しさも、悪魔を前に笑みを浮かべて戦う姿も、なにも、なにもなにも!
何にも知らないくせに!!
(そんな人にわたくしを、麗しの乙女だとか美しいだなんて言ってもらっても嬉しくなんてないわ)
姉様が作ったジャンバラヤという料理の載った皿を持ったまま、わたくしの前に立つアレッサンドロ様に腹が立ちました。
彼はわたくしが何故怒っていて、拒絶しているのかまるでわかっていやしないのです。
「よそへ行ってくださらないなら、わたくしが席を立ちますわ。どうぞこちらでお好きなだけお過ごしくださいませ!」
野営なのだから好きなところで食べればよろしいのよ。
だけれどわたくしのそばには近寄らないでいただきたいわ。
その気持ちを込めて睨み付けて席を立つけれど、姉様はあいにくフォルカス様と語らってらっしゃるし……オリアクス様は、少し周囲を見てくるからと出て行かれてしまった。
こうなると、わたくしは独りぼっちだわ。
そう思ったらため息が思わず出てしまって、情けない気持ちに思わずしょげると、どこからともなくディルムッド様が現れました。
「どうした? イザベラ」
「……ディル様……」
「ん? ……ああ、坊ちゃんに捕まってたのか。そりゃお疲れさん」
わたくしの後方に視線を向けたディルムッド様がにやりと笑ったかと思うとそう仰ったので、なんとなく見透かされた気がして悔しゅうございました。
「姉様たちのお邪魔はしたくありませんの」
「そうかい。じゃあ、俺の冒険譚でも話してやろうか。そうだなあ……」
わたくしが答えるよりも前に、ディルムッド様はわたくしの手をとって近くの倒木に腰を下ろさせてご自分も座りました。
それが、この方なりの気遣いだと、わたくしは知っております。
「……どうせだったら、わたくしには想像もできないような、すごいお話を聞かせてくださいませ」
「はは、そりゃ責任重大だ」
笑ったディルムッド様に、わたくしも笑顔を返したのでした。




