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「ちょ、ちょっと! ディル、これ何事よ!?」
「……アルマか。悪イな、なんかコイツが急にイザベラを見た途端にこうやって……」
私たちの買い出しを待っている中、フォルカスが待ち人が来ないので探しに出たらしい。
イザベラとディルムッドは大人しく待っていたが、ちょうどそこに果物菓子の移動販売が通りがかったので目と鼻の先ということもあって買いに行ったそうだ。
で、ディルムッドが支払いをしている間に御者台で大人しく座っていたイザベラに、求婚している男が現れて驚いた……と、まあ。
そういうことらしい。
「……えええ……?」
「も、申し訳ございませんアルマ姉様。わたくしたちにも何が何だか……」
「いや、うん……イザベラは悪くないっていうか、勿論ディルもね」
往来でどこのオペラ座だっていうような求婚騒動をする輩がいるだなんて、普通想定しないじゃない?
オリアクスも目を丸くしているから、長い悪魔生でもそう見る出来事ではなさそうだ。
っていうか、あまりこういうことがあっても困るけどね!?
いくらうちの妹が魅力的だからって! 魅力的だからって!!
……魅力的だから、仕方ないのか?
「うん? お前は誰だ? お前も麗しの乙女を守る障害なのか。いいだろう、障害は多いほど愛の結びつきは強くなると相場は決まっている!」
「いや、そんな相場ないから。っていうかそもそも誰よアンタ」
「麗しの乙女だとか愛の結びつきだとか、こういうやっすい台詞を堂々と吐けるヤツに碌な野郎はいねえと思うが」
「ディル、よそ行きの仮面が剥がれてる」
私たちが馬車に戻ればイザベラが申し訳なさそうに私に寄り添ってきたので、頭を撫でてあげる。
オリアクスに彼女のことを任せるよう視線を向ければ、理解してくれたのか頷いてくれた。
「イザベラ、土産の果物があるよ。日差しも強いからね、荷台の中で食そうではないか。なに、あちらの御仁はアルマとディルムッド殿が対応してくれるから安心おし」
「は、はい……オリアクス様」
「恥ずかしがらずに『お父さん』と呼んでくれて良いのだよ?」
ブレねえな!?
いや、今はそこじゃなかった。
ついつい背後での会話に気をとられたけど、私は注意を前方に戻す。
隣のディルムッドがかなりいらついているのを感じるけど、まあそこのフォローは後でいいでしょ。
それかフォルカスに押しつけるか……。
「イザベラが可愛くって美人でついつい声をかけたい気持ちはわからないでもないけど、あの子だってびっくりしちゃうじゃない。妙なナンパはお断りなのよ」
「妙なナンパだと!? おれは真摯な気持ちで麗しの乙女に求愛したんだ。彼女の名はイザベラというのか……気品ある彼女に似合う名だ!」
「妙なナンパ以外なんて表現するのよ。悪いけど、帰ってくれる? これ以上あの子を怯えさせたくないから」
しっしっと手を振って見せる。
往来で騒ぎを起こされると本当に迷惑!
実力行使で来ようモンならこっちも正当防衛でちゃちゃっと片付けられるのになあ。
「なんだと……おのれ、お前はまるで我らの恋路を引き裂く魔女のようではないか。いくら凡庸な容姿だからとて嫉妬で麗しの乙女を隠すなど神が許してもこのおれが……!」
「うっさいわ、凡庸で悪かったな!? いや、そうじゃなくて。私はあの子の姉よ、守るのは当然でしょ?」
「馬鹿な! ……あんなにも容姿が違うではないか」
本当に失礼な男だな。
なんと言い返してやろうかと思った瞬間に、男の額に何かがぶつかって落ちた。
それは先ほど私たちが果物屋で買ったカットフルーツの入ったカップ。
「アルマ姉様を馬鹿になさらないで! あなたごときが姉様を語るなど百年早いですわ!!」
「う、麗しの乙女よ、イザベラ嬢よ、おれはただ……」
「言い訳は結構! その顔、その声、なんと煩わしいことでしょう。わたくしの前から消えてくださいまし」
御者台に現れたイザベラが氷のような視線で男を見下ろす様は、まさしく悪役令嬢。
もしくは女王様?
なんにせよ、カッコイイ!
私のために怒ってくれたんだと思うと愛しさもひとしおってやつですよ。
「……なんなら、私が始末をつけようか?」
「オリアクスが言うと洒落になんないから止めてくれる?」
にこやかに小首を傾げながら言っても絶対その『始末』ってどう考えてもどこかに消し飛ばしちゃう方の始末でしょ、ヤダー。
そんなことを考えていると〝麗しの乙女〟に完全なる拒絶をされた男は相当ショックだったのか、その場にへたり込んでしまった。
彼が去らないなら私たちが移動した方が早そうだと思った時、フォルカスが人だかりに気づいて戻ってきたらしく怪訝な表情をして私たちを見て、そしてうなだれる男を見て目を大きく見開いた。
「アレッサンドロ、お前……何をしているんだ」
「あに、うえ……」
その言葉に、私たちは顔を見合わせる。
兄上って言った?
ってことは、フォルカスの、二人いる弟さんの一人ってこと?
「え、ええー……?」
問題なのは妹だけじゃなくて、弟もだってか?
私の顔が引きつるのを見て、イザベラがそっと寄り添ってくれたのだった。
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