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「しかし、そう簡単にはいくまい」
イザベラちゃんの一大決心に対して、ライリー様はため息を吐いた。
そりゃそうだろうなって私も思う。
まあ彼女の言い分も理解できる。傷物になったイザベラちゃんは社交界に出る度、哀れみと嘲りを受けるわけだ。
その上、残念ながらバルトラーナ公爵が家族愛に満ちた人だという話はついぞ聞いたことがない。上昇志向が強く、誰よりも自分が大事で他人に対しては大変ケチだって話だ。
娘が無罪で婚約破棄を言い渡されたって聞いたらきっとこれ幸いとばかりに慰謝料を王家に請求するんだろうけど、傷物の娘はとっととどこかに嫁がせるに違いない。
名誉が傷ついたご令嬢の嫁入り先ってのは正直あまりないのは知ってる。
なんせ、ただ名誉が傷ついたわけじゃない。
どんな理由があろうとも、彼女に非がなかろうとも、王家との婚姻が破談となった娘という事実は一生彼女についてまわるのだから良い縁談はもう国内で上がらないだろう。
ならば修道女……っていう考えはある意味正しい選択なのだ。
(でも、強欲って噂の公爵じゃあ、傷物娘をどこかの独居老人とかに嫁がせて代わりに金銭受け取るとかありそうだもんな)
そんな感じの噂はちらほら耳にしているしね。
どこからって、そこはまあ、私も冒険者でそれなりに情報を重視している身ですから? いわゆる企業秘密だよ!
や、まあ実はそんなすごいモンじゃなくて、冒険者ギルドで世間話程度に教えてもらっただけなんだけどね……そのくらい有名らしいよ。
「しかしそうなると、我が家に逗留というのも納得しなさそうであるな……」
「……申し訳ありません」
「じゃあさ」
ライリー様はイザベラちゃんを賓客扱いしたいみたいだけど、イザベラちゃんはそれをよしとしない。
そんな空気だったから私は手を挙げた。
「もういいじゃん、イザベラちゃんは今日から私の妹になれば」
「おおっと、アルマの唐突発言が出たぞ」
「うるさいよ馬鹿力。別に唐突じゃなくて、もう彼女には話してあるんだけど?」
茶化してくるディルを軽く睨んでやって、私はライリー様を見る。
イザベラちゃんが目を丸くしてこちらを見ていたけれど、今は一旦彼女のことは後回し。
エドウィンくん? まあ、どこから会話に参加すればいいのかわからなくて口を挟もうとはしているんだけど、上手くできなくてオロオロしているよ。
「イザベラちゃんの罪が冤罪だとしても、公爵家がそれを受け入れるかは不明。本人は社交界で晒し者になるくらいなら修道院に入って世俗から切り離されたいんでしょ?」
「そ、そうです。それが一番だと思います」
「そうかなあ」
「えっ」
私は全員を見渡してイザベラちゃんを見た。
彼女は困ったようにしつつも私の視線に対し、逸らすことなく真っ直ぐ見返してくる。
「現国王には息子は一人、娘は二人。まあ王女二人は嫁ぎ先が既に決まっているのは知られている事実よね」
「はい」
「王女のお一方の嫁ぎ先が、この辺境地と反対側にある隣国のイーライ。輿入れと同時に同盟が結ばれたことも周知の事実。もうお一方の王女もこの地と隣接した国へと嫁がれることが決まっている」
「……はい」
私が挙げている内容は、おそらく社会情勢を知る人だったら知っていて当然レベルの発表されている事実ばかり。
イザベラちゃんだけでなく、エドウィンくんも怪訝そうな表情だ。
「だからこそ、アレクシオス王子には国内から正妃を見つけなければならなかった。違う?」
「……その、通りです」
貴族達だって派閥があって、それらのパワーバランスを考えた上で王子の婚約者候補は大勢挙げられた。ぶっちゃけると誰かダメになってもスペアは大勢いる状態ってやつだ。
その中で最も優秀だからと選ばれたイザベラちゃんが、今回このような形でリタイアしたとして、別のご令嬢が次の婚約者に選ばれるのだろう。
別段、そこは政略結婚だしね。本人達も理解しているだろうと思う。
王子はどうか知らないけど。
あと、エドウィンくんもよくわからないのか不思議そうな顔してるけど。
「だとしたらさ、冤罪だと証明されると色々都合が悪いよね。出家したとなれば、王家は罪のないご令嬢の人生を棒に振らせたと言われるし、公爵家は娘を守ってやらなかったのかと言われかねない」
「それは……」
「なら冤罪どころか誤解だったと貴女を連れ戻した方が手っ取り早い。王子と貴女の意見は関係なくね。でも、イザベラちゃんはそれが嫌だと思っている」
「……はい」
「それに、無実が証明されるまでの間に次の婚約者が定められた場合、その家からしたら目の上のたんこぶってわけだよね」
順を追って説明すればイザベラちゃんも私の話に思うところがあるのだろう。
悔しそうに唇を噛んで、俯いてしまった。
だがそんな中、エドウィンくんだけは元気にだんだんと足を踏みならして私の言葉を真っ向から否定した。
「王太子殿下のご婚約者はエミリアに決まっている! 彼女のように素晴らしい女性こそ、次代の国母として相応しい……!」
「はいはい、エドウィンくんは黙ってようね」
「なんだと!」
まだ何か文句を言い足りなそうなエドウィンくんだけど、私の邪魔をさせないようにヴァネッサ様が彼の口を扇子で押さえ込んだ。
ディルが笑いを堪えるのを横目に、私は感謝の意を込めて小さく頭を下げる。
「で、私がした提案なんだけど。イザベラちゃんが今後どうしたいかも含めて、私の庇護下にあったら便利ってこと」