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「王太子殿下は……」
「立太子の儀を終えぬ限りわしはアレクシオス殿下を王太子として認めるつもりはない。訂正せよ」
「くっ、し、しかしアレクシオス殿下はこの国唯一の王子であらせられる故、当然王太子として任命されてしかるべきお方で……」
「たとえそうであろうとも、何のために定めるかを忘れて貴族としての矜持を軽んじることは許されぬ。それは王族であろうとだ」
「……くっ……」
厳しく言うライリー様の中で譲れないものなんだろうし、まあ唯一の王子って言ってるけどそれがとんでもないアンポンタンなら親族を養子に迎えて仮の王にして、王女殿下がたのお子が生まれたら改めてそっちに血筋を戻すとかやりようはいくらでもあるだろうに……。
まあそんなことを言い出したら話が進まないので私はお口チャック。
「その女が平民出身の特待生であり、聖女の一人でもあるエミリアという少女を迫害していたことを重く受け止め婚約を破棄し、身分を剥奪の上、罪を雪ぐために辺境の地で労働するべきであると仰せで……そのように書状を送られているはずですが、受け取っておられませんか?」
やや早口で必死に口上を述べるエドウィンくんだけど、ライリー様の表情は厳しいまま。
なるほど、書状を出してから罪人の護送をするのは当然か。
ただ、裏道を使って目立たないように来るところとか、護衛の兵士は最低限でしかも逃げ出しちゃうとか、どう考えてもおかしいところばっかりなんだけどね……。
エドウィンくんもそれなりの身分なのに、彼個人に対しての護衛が一人もいないところとか、ね?
(陰謀とかめんどくさそうな気配がするなあ……)
ちらりと横にいるディルを見るけど、こいつはどこ吹く風だ。
まあ彼らはこの町に根ざしているわけじゃないけど、理由があってライリー様のところにいるんだから王宮がどうなろうと関係ないんだろう。
正直、私にも関係はないっちゃーない。
イザベラちゃんには簡単に『妹にならなーい?』って気軽にナンパみたいなことをしちゃったけど、彼女の気分が少しでも紛れたらいいなあとかそういう気持ちもあった。
や、正直いうとかなり本気ですけど?
前世も今世も、私の周りには粗暴なクソガキども……じゃなかった、やんちゃな男の子ばっかりだったからさあ。
こう、美味しいものを食べてはにかんだり美味しい!って目を輝かせてくれる子がそばにいてくれたら嬉しいなって……。
ちなみに前世の弟は、なんでもよく食べるやつだったが作り甲斐があるのかないのかよくわからんやつだった。
なんでも「ウメェ!」しか言わないの。まあ残さないからありがたかったけどさ……ねーちゃんもうちょっと感想ほしかったよ……嬉しかったけど。
結婚してるなら奥さんにもちゃんと言うんだぞ……ウメェはいうと思うけど。あと食器はもうちょっと丁寧に洗え。ねーちゃんとの約束だ。
「そも、イザベラ=ルティエ殿の身分剥奪についても陛下がご不在であるにも拘らず議会からの通達もなしに行い、また蟄居ではなく更迭し我が領にて強制労働をさせよとはあまりにも非人道的行いであろう。一体いかほどの罪を犯したというのか」
「で、ですからエミリアという同輩の聖女を虐め……」
「それだけか? そしてそれは誠であるか?」
「疑われるのですか! エミリアこそ聖女の中の聖女、彼女は正しく人の心を清らかにしてくれる!!」
「聖女とはそもそもそういう存在ではあるまい。行いが尊く、人々の守りとなるが故に尊敬の念からそのように呼ばれているだけだ」
おっと、なんとなく前世の弟を思ってしんみりしていたらこちらはこちらでシリアスな話のままだった。
とはいえ、ライリー様は頭が痛いって顔をしているからなんにせよ厄介ごとには違いない。
「ともかく、まず前提としてわしは書状を受け取っていない。また受け取っていたとしてもこの裁きが公正なるものではないのは明白、どのように今後を取り仕切るかは陛下がお戻り次第沙汰あるであろうが……一旦、サンミチェッド侯爵令息エドウィンに関しては我が家にて客人として遇しよう」
「あっ、ありがとうございます!!」
ぱあっと顔を綻ばせたエドウィンくん……きっと上質なベッドで清潔な暮らしに飢えてたんだね……馬車の中で爆睡してたけど。
「その上でイザベラ=ルティエ嬢にお聞きしよう。わしはこの件を王宮に問うつもりだ。それに伴い、そなたは今後、どうしたいか意見はあるか」
「……わたくしは……」
イザベラちゃんはそれまでどこかぼうっとしていたけど、ハッとしたように顔を上げ、視線を泳がせてから真っ直ぐにライリー様を見た。
「わたくしは、どのような形であれ、名誉は地に潰えたと思っております。たとえ無実を証明できたとしても、かようなる醜聞を起こした身では令嬢として今後傷物として公爵家の荷物になることは目に見えております」
凜とした姿は、立派だと思った。
だけど、同時にまだ子供なのになと感じてしまうのは、私が自由な生き方をしている上に前世の記憶があるからだろうか。
(……こんな時くらい、頑張らなくてもいいのになあ)
それとも逆か、『こんな時だからこそ』か。
私はぼんやりとそんなことを考えながら、堂々と前を向くイザベラちゃんの背中を見ていた。
「真偽はともかく、一度は罪科を言い渡された身。かようなる身では教会にて聖女としての行いも許されるはずもございません。ですが寄る辺もない身でございます、修道女として残りの人生を歩みたいと存じます」
だけど、私は……多分私だけじゃない。
この場にいる大人の殆どが気づいている。彼女が、ほんの少しだけ震えていたことに。