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「喜びの感情……?」
「そう。喜びの感情というのはね、小さな振れ幅では憎しみや悲しみなどの負の感情に比べるとエネルギー効率があまりよろしくない。だが、準備に準備を重ね、本懐を遂げた喜びが生み出す力と言ったら! それはもう素晴らしいものなのだよ!!」
オリアクスは楽しげに熱弁しているけれど、正直私以外のみんな呆気にとられている。
そりゃまあそうだろうね、悪魔ってのは非情なものってイメージがある中で喜びの感情について語られるなんて予想外すぎるわ。
「ただまあ、我々悪魔族からすると感情の起伏が豊かなこちらの種族たちは大変魅力的で、ついつい攻撃的思考が刺激される傾向があってね。更に言うと残念なことに下級の者たちはすぐに結果が得られる負の感情を揺り動かす方を選びがちなのだよ。安易な選択だと思うのだがねえ、こればかりは仕方がないのかもしれない」
残念そうにそう語るオリアクスに、イザベラがおずおずと手を上げた。
それに気がついて小首を傾げ、発言を求めるオリアクスにイザベラは私にしがみつきながら口を開く。
「で、では……その、悪魔族側の立場と考え方というものを垣間見せていただきましたけれど、オリアクス様とアルマ姉様のご関係が、父娘であるというのは……」
「ああ、そうだったね。人間族と悪魔族はそもそも種としての成り立ちが違うため、繁殖には不向きであるとされている。事実、肉体を持たぬ者が多い悪魔族で擬似的な肉体を持っている私であろうと、これはいわゆる魔力の塊のようなものだ」
なんだろうなー、オリアクスを囲んで彼の話を聞いている我々って、まるで先生と生徒だよね。
フォルカスなんて驚きつつ若干楽しげだし。
私としてはこの話を以前にも聞いているのでハナシ半分くらい聞き流しているけど。
みんなの様子を見ている方が面白いもの。
「どのような手段を用いたかは語れぬが、私はとある契約をし、その代償として一人の乙女を献上してもらった。その乙女こそが母体であるが……私がほんの少し所用で自宅に帰っている間に、彼女は逃げ出してしまってね」
「逃げ出した?」
「そう、どうも私が彼女に『子を生んでほしい』と頼んだことに対し、なにかしら奸計に用いるために赤子が必要なのだと勘違いしたらしい。それゆえ、生まれたアルマを孤児院に託し、姿をくらましたということだそうだが……」
そこまで言ってオリアクスは口を閉ざして薄く笑っただけだった。
オリアクスは私の母親について、私にも語らなかったけれど……教えてくれたことによると、こちらの世界に戻った時に彼女の姿がなかったのでまずは私の安否を確認したらしいんだよね。
彼女が逃げ出そうが、私をどこかに預けようが、そもそもオリアクスが願って生まれた存在だから見つけることそのものは難しくないんだってさ。
そしてそれを彼女には教えてあったそうだから、私だけ捨てれば自分は安全だと思ったんだろうな。
(……そこについてオリアクスは何も言わなかったけど。それが彼なりの優しさなのか、どうでもいいのかはまだわかんないんだよなあ)
まあ聞かされても困るっていうのが正直なところだけど。
家族が恋しくないといえば嘘だ。
前世の記憶がある分、孤児院の窓から見かける親子連れとかが羨ましかった。
同じような境遇の仲間がいたから寂しくはなかったけどね!
それでも、私を捨てた理由がのっぴきならない事情とやらだったら……と僅かに思っていた部分が、オリアクスと出会ってからは薄くなったのも事実だ。
ただ、オリアクスと私が〝父娘〟であるという証明に至っていないので、彼が嘘を言っているという可能性もなきにしもあらず。
(好きなことして生きているだけなら良かったんだけどねえ)
さすがに、フォルカスと番関係になるとなると、フェザレニアの王族に悪魔の系譜が混じるかもしれないってことになる。
その辺はハッキリさせておかないとだめだよねえ、やっぱり。
もしあちらの家族に歓迎されたとしても黒竜帝がどうかはわからないし、フェザレニア王家に因縁付けたいヤツらとかに知られても面倒だし。
そもそもオリアクスが本当に父親なのかもだけど、味方かどうかってのもわからないし。
……いや、多分味方には違いないんだけども。
何故かって?
なんていうか、桁違いの溺愛っていうか。
「悪魔族は長寿でもある。瞬きの間に人の子は成長してしまうので、アルマに会いに行くのが遅れてしまったことだけが悔やまれる」
しょんぼりとした様子でそう締めくくったオリアクスに、みんなが困惑した様子で口を噤んでしまった。
うん、感想に困るよね!
私はこの場の空気を変えるためにぱちんと両手を打って笑顔を見せた。
「……というわけで、そんな感じで私の自称〝お父さん〟なワケ!」
重たい空気を軽くしてやろうと思ったのに、何故か視線は『お前、大丈夫?』みたいなものだった。
解せぬ。




