2-12
オリアクスの登場に、フォルカスとディルムッドが警戒しているのはよくわかる。
なんなら王国の一室に現れたアークデーモンよりも更に上位なのだから、当然だろう。
怯えるように震えたイザベラが私の袖を掴んできたけど、私は安心させるように頭を撫でてあげた。
「フォルカス、ディルムッド、イザベラ、改めて紹介するけどこちらは私の〝自称〟父親オリアクス。確かに強い悪魔だけど、みんながイメージしているタイプの悪魔じゃないんだ」
「ほうほう、なかなか人にしては良い人材が多いようだ。……同席しても良いかな?」
「どうぞ、オトウサン」
「相変わらず認めてもらえぬのは悲しいなあ、悲しいなあ」
「全然悲しそうじゃないんだけど?」
笑顔のまま言われても説得力ないわあ。
そんな私たちのやりとりに、イザベラが不思議そうに目を瞬かせた。
「オトウサン、この子はイザベラ。私の妹だからそのつもりで接して」
「ほう! ほう! ということは、私にとってはもう一人の娘ができたというところかな。よろしく頼むよ、お嬢さん」
「えっ、あの、ええと……イザベラと、申します」
友好的な挨拶を悪魔からされる日が来るなんて想像もしていなかったんだろうなあ、目を白黒させつつきちんと挨拶を返すイザベラが可愛らしい。
フォルカスとディルムッドに関してはまだ半信半疑と言ったところだろうか?
私のことは信じているけど、悪魔は信じられない。
そんなところだろう。
「あー、うーん。めんどうくさいなあ、オリアクスに説明してもらった方が早いかなあ」
「では、そうしようか。そちらの若者たちを安心させるために、ここで話すことは真実であると誓約をしておこう」
オリアクスが持っていたステッキで軽く地面を叩くと、小さな紋様が浮かび上がる。
私やフォルカスからするとそれが何を示すのかわかるような魔法の文字が刻まれたそれは地面から空に浮かび上がるようにして、消えた。
「なんだあれ」
「……誓約の文言だ。ここでは真実を話す、この場にいるメンバーにおいてのみ効力がある。無詠唱であれほど複雑なものは見たことがない」
フォルカスが悔しそうにそうディルムッドに教えているけど、ええ、悔しがるところかなあ。
そもそも人間と悪魔では身体構造自体が違うのだから、魔法についても使える幅が違うんだし、スタートラインが違うんだから気にすることないのにな……なんて思ったけど私は賢明だから黙っておいた。
「さて、では私という悪魔についてまず話しておこうか。君らが警戒するのは、悪魔が契約主を得て相手に絶望を与える存在だということだろう?」
「……そうだ」
「まず、確かに悪魔という存在は人間界とは僅かに次元のずれた世界に住まう魔力生命体であるということを念頭に置いてほしい。妖精族などもそうだが、彼らは実体を持つものの方が殆どであるが……どちらかといえば精霊族の方が我らと有り様は似ているやもしれん」
「実体がないという点か? 魔力により形成された実体」
「素晴らしい! その通り」
なんだろう、学生と先生のディスカッションかな?
思わずそんな風に思ったけど、まあ黙って見ておくことにした。
イザベラも私にくっついて、フォルカスとオリアクスの交わす言葉に興味津々といった様子だしね。
ディルムッド?
どうやら聞くだけに徹するようだ。賢明だよ、頭のいい人たちの会話に混じる方が大変だからね……!
「さてさて、それを念頭に、我らは魔力やこちら側の生き物でいうところの〝生気〟を摂取し、己のものとすることが可能なのだ。下級悪魔の連中が契約をするのも、契約主の魂という生気の塊を得るための労働というわけだね。こちらの世界で彼らが実体を保てるのは契約主の魂から生気を分け与えられるからだ」
「……なるほど、生気を与え続けたことで契約者は精神に異常を来たすと?」
「さて、そこまではわからないな、興味もないし。それに対して、私のように元より魔力の器が大きく、実体を保てる連中はわざわざ魂を手に入れる必要はなく、小さな感情の揺らぎで生じるエネルギーだけでも十分に美味しくいただけるわけだ」
にこにこと話すオリアクスだけど、フォルカスとディルムッドからすれば微妙な気持ちだと思う。
そりゃそうだ、悪魔たちが契約して魂を持っていく理由が食事ってのは色々な文献でわかっていたけど、直接悪魔本人からそれを言われるのとではまた別物だものね。
「そして、感情の揺れ幅という意味で言えば、絶望、怒り、そういった負の感情は非常に大きな揺れを見せてくれるので大半の下級悪魔はそれを利用するわけだ。勿論、契約主の魂がメインの食材だが、そのための労働による途中経過で漏れ出た周囲の恐怖や絶望から生み出されるそのエネルギーをつまみ食いするし」
「つまみ食いって……」
思わずツッコんでしまったけど、いや、他に言い方!!
オリアクスは私の言葉ににっこりと笑みを返してきたけど、なんていうか価値観の違いなんだよなあ。
「いわゆる負の感情というものは、とても事象として起こしやすく、なおかつ振り幅が大きい。また、下級悪魔たちは割と獰猛な者も多く、人間族を下に見ている連中が多くてねえ。同族として、恥ずかしいところだ」
「全然思っている風には見えねえけどな」
「ははは、これは手厳しい!」
ディルムッドの苦々しい声にもオリアクスはどこ吹く風だ。
そして彼は言葉を続けた。
「けれどね、私はそんな悪魔族の中では一風変わり者で、喜びの感情を好むのさ!」




