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「しかし、見れば見るほど変わった……蜘蛛……いえ、蝶……? でもやっぱり蜘蛛……?」
「生態的にはよくわかってないらしいし、意思疎通も出来るよ。見た目はまあ……どっちかっていうと蝶だけど、蜘蛛と同じで目と手足は八つあるから蝶蜘蛛っていうんだ」
「そ、そうなんですのね……?」
正直なところを言えば、私的には蜘蛛寄りの蜘蛛だよ!!
まあ、虹色に輝く羽のおかげで苦手意識は薄まっているし、意思疎通……って言っても別に会話が出来るわけじゃないんだけどなんとなく伝わるところがすごいのよね……。
私たちの視線を受けて蝶蜘蛛はふわりと飛んでくるくるとその場を旋回している。
どうやら、偶然ってワケじゃなさそうだ。
「行ってみようか」
「は、はい!」
私たちが歩み寄るのを確認して、蝶蜘蛛が茂みに戻る。
それを追って茂みをかき分けて進めば、蝶蜘蛛は私たちを待っているかのようにふよふよと一定の距離を保って飛んでいた。
(……やっぱり呼ばれてるな)
一体何の用なんだか。
蝶蜘蛛の生態はわからないけれど、少なくとも妖精族たちが仲間と認めていることもあって割とあちらも人間に好意的っていうか、私たちが珍しい動植物に興味を持つように蝶蜘蛛も人間観察をしているフシがある。
何かあってもイザベラを守れるように注意を払いながら蝶蜘蛛の後を追うと、そこには吸血蜘蛛が一匹倒れている。
そこで私はおかしなことに気がついた。
「……妙ね?」
「えっ?」
「繁殖期なのに、遭遇しないどころか蜘蛛の巣がない」
繁殖期で駆除に駆り出されたはずのフォルカスとディルムッド。
それなのに、森に入って精霊たちの姿を見ても、動物たちの気配が少ない。
吸血蜘蛛に狩られない為に身を潜めているのかと思っていたけれど、これはどうやら様子が違うようだ。
「……イザベラ、回復は使える?」
「無理です。残念ですが、その蜘蛛に命の輝きはもう……」
「聖属性ってそんなのもわかるんだ。……命を散らしたなら、森の掟に従ってこのままにするところだけど……」
蝶蜘蛛がひらりと私たちの周りを飛び回っているところをみると、きっとこの死骸にヒントがあるに違いない。
私はその場に膝を突き、灯りの魔法を唱えて周りを明るくした。
「……これは、武器によるものね。駆除にしてはちょっとオカシイな……」
吸血蜘蛛のサイズは、人間の子供くらい。
基本的には普通の羊サイズの獲物一匹で一ヶ月は生きていける、割とエコな生物だ。
繁殖期だけ凶暴になるけれど、彼らの糸は錬金術で重宝される材料の一つでもあるので巣材を持ち帰らせてもらうこともあるんだけど……。
「多分だけど、糸袋がない」
「いとぶくろ……?」
「そう。蜘蛛の糸ってのは体内では液体で、ため込んでいるものを外に放つんだってさ。アラクネ族がそう教えてくれた。まあ、私も詳しくはないんだけど……この蜘蛛は、腹部を割かれて中身を持って行かれてる」
「なんて酷い……!!」
イザベラが顔をしかめたけれど、確かにそうだ。
駆除なのか、もしくは襲われて撃退したのかわからないけれどわざわざそんなことをする必要は感じない。
そもそも糸になったものを我々は拝借することがあっても、体液を持っていくとか気持ち悪いし!
「アルマ!」
「えっ、フォルカス?」
しかし何も状況がわからないなと首をひねったところで、奥の茂みからフォルカスが現れて私は驚いた。
イザベラも驚いたようだったけれど、そんなフォルカスの後ろからはディルムッドの姿が。
「良かった、来てくれたのか」
「いや、うん。まあ来たんだけど……ちょっと状況が飲み込めない」
「俺たちもわかっちゃいねえよ。ヴァンデールの爺さんのところに行ったら、繁殖期に入ったはずなのに吸血蜘蛛どもが現れねえから森の調査に依頼を変更されてきてみたらあちこちで蜘蛛が死んでいるんだ」
「……ここにも死んでるのがいるよ。内臓はいくつか残ってるけど、どうも糸袋がないんじゃないかなって思う」
「密猟、か……? それにしちゃ、糸袋を狙った密猟なんて聞いたことがない」
私の言葉にディルムッドも首をひねった。
フォルカスの方に視線を向ければ、彼も首を横に振る。
ジュエル級冒険者が三人揃って〝聞いたことがない〟だなんて、まさしく前代未聞の事態ではなかろうか?
これはただ事ではないのかもしれない。
そう思ったところでふと視線を感じて、私たちはその場で臨戦態勢に入った。
「え? え?」
「イザベラ、私の後ろに」
驚くイザベラを守るようなカタチで私たちが構えていると、木の陰から二人の人影が姿を見せた。
そしてその傍らに、蝶蜘蛛の姿もある。
私はその二人に見覚えがあって、ほっと息を吐き出した。
「フォルカス、ディルムッド。その二人は敵じゃない。……とはいっても、そちらもこの森に起きている異常について私たちが関与しているか不安って所かしら? ねえ、ランバにエリューセラ」
「ね、姉様……お知り合いの方、ですか……?」
「そう。あっちの黒っぽいのがアラクネ族のランバ。緑色のがピクシー族のエリューセラ」
私の紹介の後、沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、エリューセラだった。
大袈裟なくらいのため息、そしてにやりと笑う姿はかなり小憎たらしい。
「……アルマは、関与していないと思うのよねえ。美味しいモノがあれば幸せってヤツが、環境壊してもなんの得もないもの」
「そうだな。エリューセラの言うとおりだ」
「おいこら、第一声がそれってどういうことだ!?」
ええ、ええ、信頼してくれているようで大変結構。
その理由が問題だけどな!!




