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国内最後の町、というよりは村といった方が正しいそこはあまり豊かではなかった。
国境ではないけれど国境ギリギリのそこは兵士の姿こそあれ、ここの防衛ラインの最たるものが目の前に広がる岩山なのだ。
だけど教会と、その聖女だけが行っている結界の維持装置とやらはある。
そして勿論、そこで暮らす人々もいる。
「……ディルムッド、フォルカス、買い物よろしくね」
「承知した」
「おう、任せとけ。ついでにここのギルドに山賊依頼がないか見といてやるよ」
一応ここにもギルドはある。
っていうか、村唯一の商店にギルドから来ている依頼のコピーが貼られてる感じなんだけども……連絡所とか出張所っていうのが正しいのかよくわかんない。
まあ人がいない町や村なんてそんなもんである。
行き違いで達成されていたとか、よくある話だよね!
その場合はそれなりにギルドが色々便宜を取り計らってくれるから、マイナスになることはないのでありがたい話なんだけど……ぶっちゃけると大体こんな地方に放置されている依頼なんてめんどくさいのか、厄介なのかの二択だ。
「それじゃ私たちは教会に行ってくるよ」
ひらひらと手を振って二人と別れた私たちは教会への道を歩く。
舗装されていない砂利道だけど、信心深い人たちが多いのか教会までの道は割と綺麗だった。
教会も、王都で見たような立派なものじゃない。
村にある家に比べれば造りがしっかりしていて、中も広々としたものだ。
質素だけど、どこか温かい空気があって私は贅を尽くしたものよりもこういう方が好きだなと思った。
「司祭様」
「これは、イザベラ=ルティエ様」
「……色々ありまして、今はただのイザベラですの。どうか、そうお呼びくださいまし」
司祭様と呼ばれたご老人は、少しだけ驚いたようだけど私の顔を見て、イザベラを見て、にっこりと笑ってくれた。
優しい顔をしたその人に、私も会釈する。
「実は、あの、少しだけ……気になることがありまして、立ち寄りましたの」
「なんでしょう」
「あの……」
イザベラは言葉にしようとしてはそれを告げて良いものか悩んでいる様子で、口を開いては俯いてを繰り返した。
司祭様はそれを急かすでもなく、ただイザベラの言葉を待ってくれていた。
「こちらに、エミリアという女性が……」
「ああ、彼女ですか」
「……どうしているかと、思いまして」
ようやく声に出せた言葉は、上手くつなげられなかったようだった。
それでも司祭様は色々と察してくれたんだろうと思う。
教会のステンドグラスを見上げて顎髭をいじりながら柔らかく笑った。
「祭壇にて、祈りを捧げる役を担っております」
「彼女は、聖属性を上手く扱えないはずです」
「それもまた、神が与えた試練でしょう。貴女がお気になさることではありません」
「しかし、結界が……」
「ただのイザベラ殿、良き旅をなされよ」
司祭様は、まだ言い募ろうとするイザベラに対して言葉を遮るように旅の幸いを祈る言葉を発し、印を結んだ。
ただのイザベラ、そう言われたことに彼女もキュッと唇を引き結ぶ。
(……そうだね)
心配するのは、悪いことじゃない。
彼女もまた、聖女だったから。今も聖女としての力を宿すから。
だけど、教会は必要としていない。
イザベラ=ルティエという貴族の少女なら、頼ったかもしれない。だけれど、今、ここにいるのはイザベラというただの冒険者の少女だから。
(なんでもかんでも利用してやろうっていう悪徳神官じゃなくてよかった)
まあ、そんな人だったらこの地で留まっているわけもないか。
どこか悔しそうにするイザベラに私は歩み寄って、その頭をぽんぽんと軽く叩いてやった。色んな柵から解放されても、まだまだ彼女の中には責任感とか負い目があるんだろう。
いつかはそこから解放されたらいい。
今すぐじゃなくていいから、いつかね。
「ありがとうございます、司祭様。これは少ないですが、教会の維持と村人たちの為にお使いください」
「これはご丁寧に。あなた方の旅に、神のご加護があらんことを」
こういう時に私たちが出来ることと言ったら、寄付するくらいだ。
私は腰にぶら下げていた革袋ごと、司祭様に手渡した。
その重みにぎょっとした顔をする司祭様に、ちょっとだけしてやったりな気持ちになりつつ私はイザベラの肩を抱いて、踵を返したのだった。




