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フォルカスの言動はとても嬉しい。そう、嬉しい。
なんといっても私だって彼のことは好きなのだ。
勿論、身分差云々は色々問題だらけじゃないのか?とか、そういう点はあるけれどフォルカスが私の事を『番』だと断言しているし、そういう本能があると彼の母国で認識されているなら多分問題ないと思う。多分。
「どうした? 番についてが不安なのか?」
「や、まあ、それはあるっちゃあるんだけども」
多分フォルカスは私が不安に思っているのだと感じたんだろう。
まあ、間違っちゃいない。
番だのなんだのっていうのは実に不思議なシステムで、要するに〝遺伝子的に適した〟相手を本能が訴える、そういう類いのものらしい。
その中でもとんでもなく相性がいい相手を〝運命の番〟なんて言ったりもするらしい。
番を決めた後により相性のいい相手と会ってしまい、そちらに気持ちが移ろってしまうこともあるっていうね。
多分私がそのことについて不安に思っているとか彼は思っているんじゃなかろうか?
「あの、フォルカス」
「竜種は、一度番を決めたら生涯変えないそうだ。私の先祖達の中でも同じように先祖返りした者たちは、決して伴侶を変えるような真似はしていない」
「いや、そうじゃなくて……」
「なら、何が不安だ?」
「あー、えーと……どう説明したらいいのかちょっと時間がほしい」
色々と人生ジェットコースター過ぎて追いつけていないってどう説明したらいいもんかと迷っていると、フォルカスは少しだけ考える素振りを見せてからいいことを思いついたと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「私の言葉が嘘でないという証明をすることができる」
「えっ? いや、疑っているとかそういうわけじゃ……ってどうやって証明するの?」
「黒竜帝に会いに行く」
きっぱりと言われたその単語に私は目を丸くする。
フォルカスが冗談を言っている様子はなくて、黒竜帝ってあの絵本の黒竜帝?
それこそフェザレニアのかなり昔の女王様の話だけれど、いくら竜が長命だからって?
混乱したのは私だけではなくて、イザベラも驚いたようで今度は隠すことなくこちらを向いた。
「黒竜帝様がいらっしゃるのですか!?」
「ああ、今もお元気だ。子孫である我々王家の一族が時折訪ねているが、とても気さくでお優しい方だ」
「姉様! 是非フェザレニアに参りましょう!!」
「え、ええ……?」
「決まりだな」
私の意見とかはどこいった?
そう思ったけれど、番云々については一旦保留できたならまあいいか。
イザベラが黒竜帝に食いつくとは予想外だったけど。
「……ま、いっか」
黒竜帝なら、私の悩みも解決できるかもしれない。
付き合いが長いディルムッドとフォルカスにも、イザベラにも言えていない秘密が私にもあるのだ。
いい女には秘密がつきもの……なんてね!
(まあそもそも転生者とか、マルチェロくんと同じでイザベラのことを知っていたとか……その辺も絶対に言えないけど)
言ったが最後、可哀想なものを見る目をしてくるディルムッドとか必死でフォローしようと考えるフォルカスとか、オロオロするイザベラが目に見えてくる。
あ、涙出そう。
「それじゃあ進路は北方向に取ることにしようか」
「承知いたしました」
イザベラの口調に関しては、うん、まあ矯正とかしなくてもいいか。
これはこれで可愛いしね!
彼女の十何年間の貴族令嬢として学んできた蓄積が、数ヶ月で直せるはずもないし。
それでも自由気ままに笑えるようになっただけ、かなりな進歩だろうと思う。
これからは彼女にとっても私にとっても未知の世界ってことになるんだろうけど、きっとなんとかなる。
「修道院、寄るの?」
「……遠くから、少しだけよろしいですか?」
「うん、いいよぉ」
へらりと笑いながら私は御者台に戻って、彼女から手綱を受け取る。
フォルカスもそんな私の態度に苦笑を一つ零してからゆっくりと動いて私の頭をぽんっと撫でてディルムッドに向かって指でちょいちょいってしてから馬の手綱を受け取って、馬車から離れた。
ディルムッドが何か文句を言っていたけど、二人の関係はいつだってそんな感じだからきっとそれはそれで楽しいんだろうなって思う。
(あいつらは多分、似たもの同士で気が楽で、実力も……色々似ているからこそ、上手くいっている相棒なんだろうな。じゃあ、私たちは?)
イザベラは、これからどんな景色を見て、どんな風に感じるんだろう。
私と彼女は姉妹の誓いを立てたし、可愛いと思ってるし、好きなことをさせてあげたいけど姉妹はやっぱり相棒ではないからいつかは離れるんだろうか。
「姉様?」
「ん? ああ、なんでもないよ。イザベラはどうして黒竜帝に会いたいの?」
「……もしご存知なら、聖女について、伺ってみたいと思ったのです」
私の問いに、イザベラは少しだけ躊躇いながら、それでも隠さず答えてくれた。




