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ディルムッドは私にとって先輩格に当たる冒険者だ。
とはいっても、直接世話になったことはない。知り合ったのだって一人前って呼ばれるようになってから大分経ってのことだしね。
「本当に久しぶりだなあ、アルマ! 元気だったか?」
「ええ、おかげさまで」
朗らかな顔でにこやかに歩み寄る男だけど、私は知っている。
本当はこんなに人懐っこくなどない。今は、私の前を歩くエドウィンくんと隣のイザベラちゃんを気にして猫を被っているだけだ。
(この男の本性は、もっとぶっきらぼうで表情に乏しいって知ったら大勢驚くんだろうなあ)
まあ、それが彼なりの処世術らしいのでバラしたりするような真似はしないけど。
上手いことお調子者ぶっておけばやりやすいこともあるんだってね。
それはともかく。
「ヴァンデールの爺さんから、早く取りに来いって伝言よ」
「……わかった」
私の言葉に一瞬真顔になったディルを見て、イザベラちゃんがぎょっとしたようだったけれどすぐに彼は先ほど見せていたような人好きするような笑顔を浮かべている。
おお、変わり身の早いこと!
「ちょうど辺境伯ンとこにいたもんだからな、お前がいるって聞いてついつい迎えに来たんだよ」
「あら、そう。私たちはこれから辺境伯に会うんだけど?」
「ついていくぜ、どうせだったらその後メシでもどうだ?」
「そうねえ、時間があれば」
「な、なんなんだ貴様! 僕は大切な役目を担って……なのに勝手にしゃしゃり出てきて! なんなんだ貴様! 何者だ!!」
私たちが楽しそうに会話しているのが癪に障ったのか、エドウィンくんが地団駄を踏みながらディルのことを指さした。
さすがにそれは貴族としてどうなのかって私でも思う振る舞いだけど、ディルは気にしている様子はない。
「俺か?」
ディルはピアスを指ではじいた。ダイヤモンドのついた、プレート。
そう、彼の冒険者証だ。
「だ、だいやもんど……!?」
それを見て最初は怪訝そうな顔をしたエドウィンくんも驚いて固まってしまった。
まあ、そりゃそうだろう。
冒険者のランクは複数にわたっている。
初級からなるブロンズ、人捜しや薬草採取、お使いなど誰でもできる小銭稼ぎ。初心者が最初に通る道で、いい先輩方に出会って狩りの仕方なんかを学べるかってのも重要。
中級からなるシルバー、これが一番人数が多い。ダンジョンでの活動を許可される上に暮らせるだけの日銭を依頼で稼げる。犯罪者の捜索やダンジョンでの収集なんかもできるけど人数が多いってことはそれだけ依頼は奪い合い。
上級からなるゴールド。ここまでくると信頼度も高くて大手の商会なんかからの依頼も受けられる。信用は大事だよね!
危険なモンスターなんかの討伐依頼も受けられるし、チーム組んでる人が多い気がする。ギルドで頼りになる人を探したかったら、まずゴールドランクを探せ。大体優しくブロンズから丁寧に育ててくれるから。勿論例外もあるから注意。
まあ、いい人のところは競争率が高いのが難点かな。
そしてその上がある。
ジュエル級って呼ばれる特殊なランク。
これはまさしくギルドにおける貢献度が高く、信頼して依頼を任せられると複数のギルド長から認可が下りた冒険者に与えられる称号。
その中でもダイヤモンドは最高位になっているわけで。
「俺はディルムッド、神薙のディルムッドだ!」
「言っとくけどその二つ名、浸透してないからね? “馬鹿力”のディルムッドの方が有名でしょ」
かっこ良くポーズを決める……ファンサービス的なことをしているんだろうけど、こいつの二つ名は正式には【豪腕】なんだよねと思い出す。
いやでも馬鹿力の方が有名なんだよなあ……。
だってもう、なんていうか他に表現できないほどこいつ馬鹿力なんだよ……力で押し切るんだよ。パワーこそチカラって言い出すタイプなんだよ……。
だからついそうツッコんだら、ディルは情けない顔で私に向かって苦情を言ってきた。
「酷いぞ、アルマ!」
「ご、豪腕のディルムッドだと……竜の首を叩き切ったっていう冒険者……!?」
「お、知ってくれてるのか。ありがたいな」
そう、二つ名のいわれなんてそいつが持っている逸話とか、他の人が言い出したとか……まあ、稀に自分から言い出したのが定着するのもあるけど。
ディルの場合、豪腕の何が不満なんだか神薙って名乗りたがるんだよねえ。誰も呼ばないんだけど。
私たちはそんなことを話しながら大きな扉の前で立ち止まる。
「いいかお前ら! ここから先は僕が辺境伯様とお話をするんだ! 邪魔したらただじゃおかないからな!!」
エドウィンくんが鼻息荒く言うけれど、私はやれやれと思うだけだった。