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「でも、そうですわね……フォルカス様はアルマ姉様と長い付き合いだと聞いております。それなのになぜ今になって番とおっしゃられるのですか?」
「……ディルムッドにも問われたんだが、別に今になってというわけではない」
「えっ、そうなの!?」
「本当に伝わっていなかったんだな……」
いや、あの。
そんなに複雑そうな顔をされましても……。
「だ、だって……フォルカスそういう相手を作るつもりはないとかなんとか言ってたじゃない? ディルムッドとさ」
「聞いていたのか」
「あー、うん。偶然ね」
別に盗み聞きしたわけじゃないぞ! いや、結果的にはそうなってるけども。
私の言葉にディルムッドはため息を吐いて口を開いた。
……うん? おや? 私の見間違いじゃなければ、フォルカスが照れているような気が、いや待ってそうだった。
「イ、イザベラ。ちょっと御者代わってくれる? フォルカス、中入って!」
「か、かしこまりました!」
「なんだよー、いいじゃねえか。今更だろ?」
「ディルムッドは黙ってて!!」
幌馬車の内部だからって結局イザベラからしたら背後で話しているっていう状況は変わらないけれど、大分違うんだよ!
私の心の余裕とか、そういうものが!!
「……つまりだ。お前と初めて言葉を交わした時から惹かれていた。だが、私は……その、番というものに対して半信半疑だったんだ」
「はんしんはんぎ」
「そうだ」
フォルカスは、自身が先祖返りとして生まれたことは十分承知していた。
だけど、番を見つけると暴走しかねない……という話に関しては納得していなかったらしい。
ただ、自身は王位に興味はなかったし、自分の力が強すぎて周囲を不安にさせるならば、喜んで王子の立場も捨てて冒険者になる道を選んだんだそうだ。
「家族は、離れていても家族であることに違いはないしな。私が先祖返りであろうと両親も弟や妹も、変わらず私を家族として愛してくれている。いつでも戻ってくれて構わないと言ってくれていたし、その辺りに不安はなかった」
「そうなんだ」
フォルカスは愛されて育ったんだな。そう思ったらちょっとだけ胸が痛んだ。
別に、孤児院育ちな事を恥ずかしいと思ったことはないし、親はいないけどシスター達は優しかったし、出て行っても様子を見に来てくれた先輩孤児たちもいたから寂しかったとは思わない。
ただ、本当に……ちょっと、世界が違う人なんだよなあって思ったら胸が痛い。
「だが、アルマと出会ってからは妙にお前のことが気になって仕方がなかった。それまでも色恋に興味があったわけではないし、それなら魔法の研究をしたりディルムッドと酒を飲みに行く方が楽しかったからな」
「……うん」
「それで、お前が聞いたその話だが……お前への気持ちを、定め切れていなかった私へ『それならば他の女と試しに付き合ってみればいい』とディルムッドが提案してきた時のものだろう」
「はあ?」
いやいや、よくわからない。
話が飛んだ。なんだって?
(私のことが気になった、からの自分の気持ちが定め切れていない、で? 他の女と私を比べてみろってことか?)
ディルムッド、端的に言って最低だな!
まあ言いたいことはわかるし、それをフォルカスが拒否したんだからなかったことにしてやらないこともない。
あの頃には、多分だけどアイツは私がフォルカスのことを好いているって気づいていたはずだ。
それなのにもしフォルカスがそれに乗っかってたら許さないところだったけどな!
「私の視線の先には、いつだってお前がいた。ディルムッドの言葉に嫌悪感を覚えたことで自覚したことは悔しくもあるが、アルマでなければいやだ」
そこまで私を真っ直ぐに見つめて言ったくせに、フォルカスは視線をさ迷わせてから言いにくそうに言葉を続ける。
「己の番を見つけると、その者を手に入れるためにありとあらゆる手段を取り、己の懐へとしまい込もうとする竜の本能があるらしい。私には、ないと思っていた」
そろりと、壊れ物に触れるようにフォルカスが私に手を伸ばし膝の上に置いていた私の手をとる。
指先がちょんと触れて、それにちょっとだけおっかなびっくりな感じで引っ込めて、それでも意を決したように触れてくる彼を、私はなんともいえない……温かな気持ちで、見ていた。
「だからこそ、アルマ、私は……その本能を認めてしまうのが怖かった。番としてお前を捕まえ、誰の目にも留められぬようどこかに連れ去り隠してしまいたいと思ってしまう日が来るのが、怖かった」
ぎゅっと、手が握られる。
まるで、私がどこかに行ってしまわないようにしているようで。
「私は自由に振る舞うお前を愛している。だからこそ、お前が笑えるようにしたい。料理をするのが好きだと笑ってくれるお前の一番側で、楽しそうに料理してくれるようにと食材ばかりを選んでいたことは謝ろう」
「あれ、そういう意味だったんだ」
それは本当にわからなかった!!
いやあ、確かにディルムッドがいくら大食漢だからって張り切ったお土産だなあとは毎回思っていたんだよ……あれ、私のことを考えた結果の食材だったんだね……。
こればかりは私が鈍感とか、そういう問題ではないと思う。思いたい。
「たとえお前が私の番になってくれたとしても、束縛はしないと誓う。……先ほども言ったが、私はお前の自由な心を愛している」
「や、あの、フォルカス」
「頼む。これまでのことが伝わっていなかったことは私に責があることは理解した。これからはアルマに伝えるが、迷惑にならないようにも心がけよう。だから」
言葉を重ねるフォルカスがぐっと身を乗り出してくる。
イザベラが気になるのかチラチラとこちらを肩越しに振り返るのも見えて、私の羞恥心はもう限界だ!
だから私は握られていない方の手を突き出すようにして、大きな声を上げていた。
「ちょ、ちょっと答えは待ってほしい……!!」




