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王都を出る際には少しだけ、本当に少しだけトラブルがあったものの、町の人たちが協力してくれたのはきっと良い思い出になると思う。
イザベラは、自分で思うよりも皆に慕われていた。
まあ、彼女が何者かとかを知らずに、〝親切な聖女様〟って感じで慕われていたんだけど……教会での奉仕行動の際に彼女が取っていた行動を、人々はちゃんと見ていてくれてたってことだ。
「……わたくしが思うよりも、わたくしのことを見てくれていた方々がいたのですね」
「王城に問い合わせと苦情が殺到したってのも、令嬢としてのイザベラがきっと慕われていたからだと思うよ」
「そうでしょうか」
「ま、わかんないけどね!」
適当な私の発言だけど、割と的を射ているんじゃなかろうか。
それにしても王様、なんとか引き留めようと必死だなあ。
今更私たちを王都に留め置いても決意は変わりませんよってね。
「そろそろお昼にしようか」
「はい!」
「何がいいかなあー、クロックムッシュもどきとスープでいいかな?」
「クロックムッシュ……初めて会った時に作ってくださったものでしたわね」
「そうそう、よく覚えてるねえ」
「……嬉しゅうございましたから」
ふわりと照れくさそうに笑うイザベラに、私は目を丸くする。
あの時文句ばっかりいうエドウィンくんと、私に遠慮してばかりだったイザベラに作ってあげたクロックムッシュ。
二人は馬車の荷台で食べて、私は御者台で食べたっけ。
(そういえば嬉しそうに食べてたっけ)
成る程そうか、思い出の料理ってことになるのかな?
そう思えば気合いも入ろうってものである。
王都で一番とか評判のパン屋で買ってきたし、ハムもある。
さすがに生クリームとかはないのであくまでもどき。クロックムッシュ風のフレンチトーストと言った方が正しいかも知れないけど、まあツッコむ人もいないから美味しけりゃオッケーでしょう。
玉子液にパンを浸している間に火をおこしてフライパンを準備して、こういう時は本当に亜空間収納って便利なのよね。
まあこれからは馬車移動なんで、そっちにも積めるんだけど……っていうかある程度は生活感出さないと色々怪しまれたり勘ぐられたりするからそっちも気をつけないとな。
今まで徒歩での旅が殆どだったからそういうところ抜けてるんだよなあ、うっかりうっかり。
「スープはお任せしてもいいのかな?」
「はい、お任せください!」
片手にタマネギ、もう片手に包丁を持ったイザベラはやる気満々だ。
うんうん、すっかり慣れたものだよねえ。
玉子をしっかり吸ったパンをバターを敷いたフライパンに投入したらハムとチーズをのっけて、もう一つ用意して置いたパンを重ねて焼いていく。
じゅうじゅう音が鳴って美味しそうな匂いがし始める横で、イザベラはタマネギとにんじんでシンプルなスープを作っているようだった。
(たき火二つ作るのは少しだけ面倒だけど、二人で料理できるっていいなあ)
案外私も、一人旅は気楽だとかなんだ言いながら寂しかったのかもしれない。
そんなことを考えながらパンを上手いことひっくり返して蓋をする。すこーしだけ火を弱めて蒸し焼きにするのがコツだ。
まあたき火だからそこの辺り、調節が難しいんだけどね!
「よっし、できたよー」
パンの間からとろけたチーズがはみ出てて、美味しそう!
それをお皿にのっけて渡してあげればイザベラは嬉しそうに笑った。
二人で馬車の御者台に並んで座って、何もない道を眺めながらただ食べる。
勿論たき火は処理しましたとも。
フライパンなんかも洗浄魔法でちょいっとやればそれで終わり。
便利だよね、魔法……本当に助かっております……。
美味しそうに食べるイザベラと、ついついデザートの果物まで食べて馬車の旅を再開する。
さすがに王都から追っ手のようなものは来なかった。
来たら来たで大手を振って撃退するつもりだったからちょっぴり肩透かしを食らった気分だ。
……まあ、追っ手を差し向ける方が厄介なことになるんだろうなって王様もわかっているんだろう。
「イザベラ?」
ふと荷台の中で先ほどまで喋っていたイザベラの声がしないなと思って肩越しに振り返ると、クッションを枕に寝ている姿が見える。
(疲れたんだろうな)
王城じゃ、ろくに休めなかっただろうから当然だ。
その後も墓参りを済ませて、ようやく解放された今だからこそゆっくり休めるというもので……私は馬が落ち着いているのを確認してそっと中に入って毛布を掛けてあげた。
それからまた御者台に戻って、前を見る。
雲一つない、青空と見渡す限りの草っ原!
ありがたいことに彼女の眠りを妨げるものはいないようだ。
「おやすみ、イザベラ」
ようやく手に入れた平穏を邪魔しないように、私はせいぜい馬車を余計に揺らさないよう注意して手綱を握りしめるのだった。
これにて4章終了です。
続いて明日は5章突入です!




