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そして翌日。
私たちは、王城の外にいた。
意外とあの騒ぎの割にはすんなり話をするだけの準備を整えることが出来たんだなと思ったけど、実はそうじゃなかった。
そもそも今回の件はすでに他の貴族達の知るところであり、何故王子のあんな横暴が許されたのかと貴族達から王城には問い合わせが殺到していたんだとか。
おやまあ!
それもあって内々に本人達にも確認を取って貴族達を納得させるだけのことを整えてから可愛いイザベラを『無罪!』って大きく前に出して色々そこから誤魔化そうと思っていたらしいけども。
いや、無理矢理すぎない?
って思った人は私と握手だ!
まあそれは冗談だけど。
「冒険者証もちゃんと取れて良かったねえ」
「はい! これからはただのイザベラとしての証だと思うと、とても嬉しいですわ」
イザベラは、私の妹として改めて冒険者証を取った。
というか、カルライラ領で一応申請はしてあったけど仮初めのモノとして申請しておいたから修正して正式な申し込みをしたんで、すぐに発行してもらえた。
どこで申し込んでも対応してくれるってのがギルドの便利なところだよね!
通信系の魔法を使う職員さんはいつでも良いお給料で募集されてるので冒険者を辞めた後なんかでも人気の職なんだけど彼らに支えられていると言っても過言ではない。
話を戻すと、王城を出た私たちはすぐ冒険者証を取りにギルドに行った。
ついでに丈夫で安定性の高い馬車と、健康で強い馬を二頭買ってクッションなんかも詰め込んで、もういつでもバッチリ旅に出られるぜ!!
「それにしても、ネックレスタイプで良かったの? ブレスレットとか、指輪とかも加工してもらえたのよ?」
「いいんです。姉様とお揃い、ですわ!」
「んもう! 可愛い!!」
来る時はライリー様と一緒だったけど、帰りは別なので私たちは私たちで帰るのだ。
そんでもって、カルライラに着いたらご挨拶だけしてとっととこの国を後にする予定。
行き先? まだ決めていない。
「どうする? お花買っていく?」
「……そうですわね、……いえ、やはり結構ですわ」
「そう」
私たちは馬車で王都を後にする前に、お墓参りに来ていた。
それは大きな教会の外れにある、ちょっとだけ立派なものだ。
石碑にはバルトラーナ公爵家と刻まれていて、その下に名前が彫られている。
そう、代々のバルトラーナ公爵家の人間が眠る墓所。
ここには、イザベラのことを唯一〝イザベラ〟として愛してくれた、彼女の祖母が眠っている。
バルトラーナ公爵家の領内ではなく、王都にある教会にという遺言があったそうだ。
王妹として王城に近いところが良かったのか、それとも公爵家を自分の家と思えなかったのか、今となってはわからないけれどその遺言は受け入れられて今こうして、彼女はここに眠っている。
ちなみに事故死という扱いになったバルトラーナ公爵は領地に戻ってお葬式が執り行われるらしいよ、王家から派遣された文官によって。
なんせ、長男も長女もいなくなっちゃうし?
夫人の方はすっかり塞ぎ込んでしまって何も気力が起きないご様子なんだってさ。
困ったもんだよね!!
「……おばあさま……」
イザベラが、ぎゅっと胸の前で両手を握る。
私はちょっとだけ迷ってから、一人にしてあげようかなって思ってそっとその場を離れようとした。
でも。
「おばあさま、わたくし、姉ができましたの。こちらがそのアルマ姉様ですわ」
「……イザベラ?」
「おばあさまは仰いました。わたくしには王族の血が流れている。その血がある以上、民に尽くすのは責務であると。ですからわたくしは、わたくしにできることをして参りました。人々の理想とする淑女を、聖女を、婚約者として振る舞って参りました」
私の腕をぎゅっと掴んで、それでも視線は墓石に向かって、静かに、でも苛烈な程に真っ直ぐな言葉をイザベラは紡ぐ。
それは、彼女が今まで受けてきた祖母の教育であり、彼女が心の支えにしてきたものでもあったのだろう。
「でも、それらは無駄でした。わたくしは、一人で頑張ってしまいました」
そうだ、イザベラは一人で頑張っていた。
でも、それは随分無理をした生き方でも有ったと思う。
だけど、多分彼女の祖母は、そんなことを望んでなんかいなかった。
きっとイザベラを支えてくれる人が周りにいると思っていたからこそ、彼女に重い責任を預けたのだろうと思う。
(いやまあ、まさか実兄があんなんだなんて誰も想像はできないよね……)
おばあちゃんがご存命の頃はマルチェロくんも素直に妹を可愛がっていたんだし、そりゃこんなことになるとは思ってないよね!
今頃、天国で膝をついているんじゃなかろうか……。
「一人で頑張った結果、多くの方とすれ違い、ご迷惑をおかけいたしました。ですが、わたくしはわたくしなりに最善を選び、責任を果たしてきたと思っております。……ですから、もう、よいですわよね」
イザベラの功績は、城内の侍女に教えてもらった。
その聖女としての才能を惜しむことなく、辺境の地を嫌な顔一つせず回り、地方から来た聖女達の為の教育にも熱心であり、制度を整えるべく草案を提出していたこと。
王子の婚約者として、多くの貴族達に教育の大切さを説き、時には意見をもらい、学園をより発展させようとしていたこと。
それらを王子に何度も話し、王子も頷いていたことに嬉しそうな顔を見せていたってことも、聞いた。
(あの王子、何を見て、聞いてたんだろうねえ……)
多分右から左だったんだろうね!
まあでも、一人でやるには随分動きすぎて疲れちゃうのは当然だ。
やり過ぎだって今後は同じようなことがあったら私が叱ってあげなくちゃね。
「初めまして、イザベラのおばあさま。次にいつ来れるかとかはわかりませんが、またこっちに来たら寄ります。……イザベラは、もうバルトラーナ公爵令嬢じゃないし王族の血は名前と一緒に返上しちゃったんで、もう私の妹ですけど」
「姉様」
「それでも、貴女がイザベラを孫として愛してくれたことに、感謝しています」
そうだ。
少なくとも、イザベラは、祖母が大事にしてくれていたと誇らしく言えるくらいには、愛されてきた。
彼女の、数少ない、心を通わせられる家族だった人だ。
その人になら、私は敬意を払う。
「だから、ここに誓います」
墓石の前に、膝をつく。
私は、特別な人間なんかじゃないし、礼儀作法なんてそっちのけで生きてきた。
だけど、約束の大切さは知っている。
墓石を前に膝をついて、頭を下げる。
「〝青真珠〟冒険者、『幻影』のアルマは家族となった、貴女の孫を慈しみ、寄り添い、支え合うことを約束します」
死者に何を誓ったって意味はない、そんなことを言う人もいるだろう。
だけど、私はそれが無駄だとは思わなかった。
隣で泣きそうになっているイザベラが、私と同じように膝をつき、祈るように手を組んだ。
「わたくしも、わたくしも誓いますわ。おばあさまが仰ったように、人の上に立ち民を幸せに導くことはもうできませんが、わたくしは、この聖属性の力を使い、冒険者として人々の助けになるよう、生きて参ります。アルマ姉様と、ともに」
誰かに認めてもらわなくちゃいけないような、血の繋がらない家族だけど。
だけど、風が吹いてたくさんの花びらが空を舞うのを見て私たちは勝手に認めてもらったんだなと思って、笑った。




