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「お前が計画を狂わせた原因だ。まず貴様を排除しよう」
すとんと表情の抜け落ちた顔で私をただ見つめて淡々とそう言うマルチェロくんは、それからイザベラちゃんの方を見てにっこりと笑った。
綺麗な笑顔だけど、まるで作り物みたいなそれにイザベラちゃんが小さく悲鳴を上げたのが聞こえる。
「それからだ。イザベラ、今度こそお前を迎えよう。そうしたらもうおれたちの邪魔をする者はいないのだから!」
「ふ、ふざけないでくださいまし! わ、わたくしは……わたくしは、冒険者アルマの妹です!!」
いいぞ、よく言ったイザベラちゃん!
後でたくさんハグするね!!
私の喜びとは真逆にマルチェロくんはまたすとんと表情をなくして私の方を見る。
だから怖いって!!
いい加減この状況にもうんざりしている私は、もうなりふり構っていられないと覚悟を決めた。
(損害賠償請求されんのがいやだから穏便に済まそうと思ったけど、もうどうでもいいや!)
いやな空気が流れ始めたし、もうそんなの構ってられない。
そう思ったからこそ私も魔力を練り上げて次に大きな一撃を決める準備に入る。
「やはり貴様か……貴様が元凶だな。イザベラは素直で愛らしい子だったのに。全ての苦痛から解放されておれが愛するべきなのに! 貴様はこの悪魔の苗床にでもなって」
マルチェロくんがご高説を述べている間にたたき込んでやろう。
そう思った私の頬を掠めるようにして後ろから青い炎が飛んで行ってマルチェロくんとアークデーモンを焦がし、壁を吹っ飛ばした。
「は?」
思わず素っ頓狂な声が出たけど、仕方ない。
え? 待って、今の今まで真面目に頑張ってた私の努力は一体?
呆然とする私の後ろから、ぎゅっと抱きしめられて私はぎくりと身を竦ませる。
「え、フォ、フォルカス?」
「……貴様ら、今、なんと言った。誰を、その薄汚い悪魔の苗床にするだと? アルマを、誰の番だと思っての発言だ……!!」
地を這うような恐ろしい声でそう言うフォルカスが、マルチェロくんの発言に激怒しているということはわかる。
そこは理解できる。
けど待って。ちょっと待って。
カルライラ領を出る時に、ディルムッドとフォルカスはそれぞれ仕事をライリー様に頼まれていて不在だったから万が一を考えて追ってきてくれるようヴァネッサ様達に伝言をお願いしていたから、来てくれるだろうと期待していたのは確かだよ。
彼らがいてくれたらアークデーモンだって全然余裕だって思うよ?
だけど、そうじゃないだろう!!
番ってなんだ、いや意味はわかる。亜人族が使う意味でなら、夫婦とか恋人とかそういう意味だってのは私だって知っている。
「誰が! 誰の! 番だって!? いや待って、その言い方ってフォルカスは人間じゃなかったの!?」
「……何故通じていない」
「通じるかボケエエェェェ!!」
思わず全力でツッコんだわ!
さっきまでのシリアスな空気を返せ! 今返せすぐ返せさあ返せ!!
ついでに練りに練った魔力も無駄になったし壁が吹っ飛んだことで私の努力もパアにして!!
そんな気持ちで怒鳴る私に納得がいかないといった風情のフォルカスだけど、そこに呆れた様子のディルムッドがやってきて仲裁してきた。
「だから言ったじゃねえか、伝わってねえぞって。でも痴話喧嘩はそこの悪魔を倒してからにしろ」
「む」
「ディルムッド、あんたもさりげにイザベラちゃんを抱き寄せるんじゃない! うちの妹に触るな! 汚れる!!」
「お前、本当にいい性格してるよな……こっちは援軍で来てやったってぇのに」
「き、貴様ら……よくも! よくも……おれをコケに……?」
アークデーモンを盾にしたからだろう、吹き飛ばされることも怪我もほとんど負っていないマルチェロくんが私たちに向かって攻撃を指示しようとしたところで、かくんと糸が切れた人形のように膝をついた。
私たちが顔を見合わせるのと同時に、アークデーモンが優雅に一礼して、姿を消す。
どうやら本当に酷い話だけど、さすがにジュエル級冒険者三人がかりだと完全体でもなかったアークデーモンは無理だろうと判断したのか、あっさりとマルチェロくんを見捨てて去って行ったのだ。
おかげでとんでもない騒動は本当に呆気なく終わってしまい、私たちとしては不完全燃焼ではあったが死者一名だけで済んだのは不幸中の幸いなんだろうと思う。
残されたマルチェロくんはまるで抜け殻になったみたいに倒れていたけれど、辛うじて生きていて……先ほどの発言もあったから、国王の指示で療養を兼ねた幽閉ってことになるらしい。
大分温情じゃなかろうか。
「大変なことになってしまいましたわね」
「イザベラちゃん」
結局、私たちは王城で一泊することになってしまった。
まああんな騒ぎが起こったのでは仕方ない。
「それで、どうなさるんですの?」
「え?」
「決まってますわ! フォルカス様のことです!!」
「あー……」
中断された今回の問題について、今後どうするかを明日話し合うということになったけれどそうなんだよね、私はそっちについて考えろって話にだね。
あの後、改めてそれぞれ部屋を与えられてちょっと話したんだけど、フォルカスの説明がまったくもって頭に入らなくて困っていると、ディルムッドが間に入ってくれた。
要するに、フォルカスは私の事が好きだったから色々食べ物とかを貢いでいたということだったらしい。求愛給餌ってやつらしい。待て、私は人間だ。
まあとにかくそんな感じだったらしく……まったく気がつかなかった。
だって、そういう付き合いをする人を見つける気はないって言ってたから、諦めてたのにさ、急に私が好きだとか言われても夢見てるんじゃないかって思うじゃない。
「はーあ」
ため息を吐いてベッドに飛び込んだ私に、イザベラちゃんがくすくす笑いながらお茶を淹れてくれた。
「姉様ったら、悪魔と戦ってらっしゃる時は、あんなにも凜々しかったのに」
「……イザベラもかっこ良かったよ。明日で全部片付くから、もうちょっと頑張ろうね」
「はい! ……あら? 今……」
私が初めて呼び捨てにしたと気がついたイザベラちゃんが、飛びついてくる。
それを受け止めて、私はもうちょっと恋愛に関しては後回しにしよう、なんて思うのだった。
いいじゃん、色々あって疲れたんだよ!




