37
(とはいえ)
正直なところ、悪魔と戦うのは私にとって得意とはいえない。
悪魔は召喚者の魔力を以て異次元からこちら側にやってくるらしい。
召喚そのものは、そう難しいもんじゃない。最低限の魔力があって、その後は交渉だ。
だから、悪魔が気に入りさえすれば契約成立。
召喚者が武人ならパワー系の悪魔、魔術師なら魔法系の悪魔が出やすいのはおそらく性質が似通っているからだろうって話。
これは知り合いの悪魔に聞いたから確かな話。
(アイツを頼れば早いんだろうけど、要求がめんどくさそうだからな)
っていっても、多分目の前の、マルチェロくんからまるで分離したかのように現れた、上級悪魔を相手にするのに私一人というのはなんとも心許ない。
ライリー様にはイザベラちゃんを守ってほしいし、なにより強いといっても素手の高齢者を戦わせるなんてとてもとても私の良心が咎めちゃう。
そうなると必然的に戦うのは実質私だけってことじゃない?
優美に笑う、一見美しい彫像のような女の姿をした上級悪魔の頭部には捩れた角が生えていて、大きな袖に隠された腕はおぞましい色の肌をしている。
にんまりと笑うそいつは、私を見ているようで見ていない。
それよりも周りの人間の怯える声が楽しくてたまらないようだ。
(ほんっと悪趣味!)
悪魔ってのは基本的に、人間の感情を糧にする。
特に負の感情がお好みってだけで、あらゆる感情を糧には出来るらしいけど。
だから恐怖なんかで一色に染めた魂を喰らうと一番エネルギーになるとか。
聞いた時は悪趣味だなあって思ったけど、だからこそ悪魔達はこちらの世界に出てくる時は饒舌だったり凄惨な言動を取るらしい。
彼らの世界じゃ割と秩序もあるし、穏やかなもんだとも聞いた。
(……でも、こいつに喋る気配はないし、動きも遅い。あえてそうしているって感じじゃないあたり、マルチェロくんは無理をしたんだろうね)
多分、彼の魔力に合わないレベルの悪魔を召喚したんだろう。
優秀だって聞いていた割に、あいつを出したところで感情がコントロール出来なくなっているところを見ると相当負担があって精神に変調を来たしているはずだ。
(かなり無理をしているんだろうなあ。その執念だけは敬服するよ)
マルチェロくん自身が捧げる魔力以外に、足りない分はなにかで補ったんだろうけど、今はそれがなんであったのかを考える必要はない。
ただ、わかることは私と相性が悪そうだってこと。
こいつ、絶対魔法系なんだよなあ!!
不幸中の幸いは向こうの攻撃も私は弾きやすいって事だけど……膠着状態になったら不利なのは護衛対象の多いこっちだ。
(セオリー通りなら、マルチェロくんを倒せば……なんだろうけどさ)
出来ればイザベラちゃんの家族を……なんてのは避けたいところ。
無難に、アークデーモンだけお帰り願いたいよね。
それから、私は大事なことを確認すべく声を張り上げた。
「王様! 緊急依頼ってことで請求するけど、いいかしら!?」
「こ、このような事態でなにを……」
「いいから! どーすんの、無給で働く気はないわよ?」
そういうところはきっちりさせていただきます!
私のその発言に目を白黒させる王様をよそに、その隣にいた男爵が仏頂面で応じてくれた。
「やむを得ません、陛下。緊急事態です。ジュエル級冒険者の力を借りねばこの場を無事に切り抜けられるかどうかわかりませんゆえ……アルマ殿! 報酬は、国に出来る範囲で望むままに!」
「はいはーい、承りました……っと」
その言葉があるだけで、やる気が大分違うよね!!
勿論、妹にかっこいいところを見せたいって気持ちもあるけどさ、慈善事業で戦ってはいられないっての。
でもこれで言質いただきましたんで、喜んで頑張らせていただく所存!
「やる気を出したところで貴様一人、何ができるわけでもあるまい。いいだろう、遊んでやる」
マルチェロくんがそう言えば、アークデーモンが手を振る。それだけで紫色に輝く雷が私に降り注いで私は瞬時に防御魔法を展開して凌ぐしかできなかった。
さすがに魔力の塊みたいな存在だけ有って、詠唱なんてものはないに等しいってズルいよね!
「ハ、ッハハ! 如何にジュエル級冒険者だろうと、おれの邪魔をするからこうなるんだ!」
「姉様!」
そしてひときわ大きな紫色の光が見えた。
マルチェロくんの中じゃあ、私がこれで丸焦げになってみんなが絶望――そんなところなんだろうけど。
「いくらなんでも、軽く見ないでもらいたいかなあ」
「なに?」
「ジュエル級冒険者、舐めないでいただきたい、ってこと!」
手を打ち合わせるようにしてからずらす。
それはまるで光の塊のような双剣。私の魔力で作られたそれは、魔法を切るなんてことも出来ちゃう代物だ。
予想外の出来事にぎょっとした顔を見せるマルチェロくんに、アークデーモン。
だけどアークデーモンは驚きからすぐに歓喜の表情を浮かべた。
(うえ、こいつ戦闘狂か!?)
いるんだよねえ、長生きしすぎて退屈しちゃうから、自分の想像を超える相手に遭遇すると張り切っちゃうヤツ!
魔法を切ると同時に駆け出した私を彼らが警戒するのは当然で、アークデーモンはその腕をまるで鞭のようにしならせて振るってきた。
「便利な腕だこと!」
「ガッ!?」
私もそれを剣で防いで、距離を詰めてマルチェロくんの顎を蹴り上げる。
残念なことに召喚者に防護魔法をかけているのか、顎は砕けなかったようだ。
だけど、悪魔に物理攻撃はあまり効かない。ので。
「よっ!」
力任せに、魔力の短剣をアークデーモンの胸元に刺してその魔力を爆発させる。
その反動でアークデーモンはよろけたけど、大したダメージにはなってなさそうだ。
だが、顎を蹴られたことか、それともご自慢の悪魔に傷をつけられたのが余程悔しかったのかマルチェロくんはガリガリと頭をかきむしり始める。
(……ありゃ、相当だな)
私を楽しげに眺めていたアークデーモンも、面倒そうな顔をしてマルチェロくんを宥めるように側に寄っている。
そりゃそうだろう、召喚者が倒れたら、折角のお楽しみ時間が減ってしまうんだから悪魔だってそれは避けたいところだ。
「なんで……なんでなんでなんでコイツらはおれの書いたシナリオ通りに動かない! なんて使えない連中だ!!」
「お兄様……」
「全てはイザベラ! お前を手に入れるためだったのに。邪魔なエドウィンを殺し、お前をおれの元に連れ戻し閉じ込めておれだけが愛でて、おれだけをお前も見る、そんな環境を整えていたというのに……」
え、なんか物騒なこと言い出した。
そもそも悪魔を召喚しているとか王子を嵌めて道を誤らせた段階で色々倫理的にもアウトには違いないんだけど、もしかしなくてもマルチェロくんってイザベラちゃんを女性として見ているとかそういう?
「ええ……?」
それはちょっと想定していなかった!
あの粘っこい視線とか、イザベラちゃんがいないなら話をしないとかそういう理由でか。
この場の人間を全て排除して、悪魔に後はなんとかさせて自分はイザベラちゃんを囲うつもりだったと、そういうわけか。
「小説で読んでいた時から、イザベラはおれにとって特別だった」
「んん?」
「可哀想なイザベラ。貴族の令嬢として正しく生き、それなのに勝手な王子に踏みにじられるその姿すら気高くて、おれが、守ってやらなくちゃ」
「んんん!?」
「なのに、なんでおれはよりにもよってイザベラの兄なんだ。しかも記憶を取り戻したのが馬鹿な王子の婚約者になったタイミングだと? 王家との婚約を反故に出来るほどのチカラは弱小公爵家になんてなかった。だがおれには前世の知識がある、そうだ、それを使って年齢に似合わないと言われながら愚鈍な両親から実権を奪い取って王子に適当な女をあてがい役に立たない幼馴染を消してお前を手中に、手中に――」
こっわ。
ブツブツとこれまでのことをご丁寧にも説明というか自供というか、自分に言い聞かせているマルチェロくんの様子に私は亜空間領域の中から装備を取りだしてライリー様に予備の剣を投げて、自分もレイピアを構える。
(もう、マルチェロくんはアークデーモンを倒したとしても、まともには戻れないんだろうな)
イザベラちゃんは悲しむかもしれないけど、あれはもう浸食されすぎている。
だからこそ、まともな考えも感情のコントロールも、おかしくなっているのだから。
突如、マルチェロくんが頭をかきむしるのも、呟くのも止めてゆっくりとした動作で私を見た。
「そうだな。『幻影』、貴様を殺そう」
これだから!
転生者に会うなんてロクでもないんだろうなって思ったんだよ!!




