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辺境伯の館の前で、エドウィンくんが私たちを押しのけて衛兵に向かって胸を張ってえばってる。
「僕はサンミチェッド侯爵家の三男、エドウィンだ。アレクシオス王太子殿下の使いでやってきた。ゴドリック辺境伯様にお目通り願いたい!」
「……失礼だが、身分証明書の提示を」
衛兵が胡散臭そうな目で私たちを見ている。いやあ、もっともだ!
なんせ見るからに冒険者の女に高飛車な貴族を名乗る男の子、それにボロを着た美少女ときたら変な組み合わせでしょうよ。
しかも立太子の礼っていう国を挙げて行う儀式をやったってハナシは聞いてないのに王太子って言われてもねえ。
衛兵さんだってそりゃ困惑するし疑惑の目を向けるってもんでしょ。
でもそんなこと理解していないのか、貴族なんだから優遇されて当たり前とでも思ってるのかエドウィンくんは腹立たしそうだ。
これじゃあ話が進まないな……。
彼に代わって話をしようとするイザベラちゃんを押さえて、私は衛兵さんに冒険者証を見せる。
「これで取り次いでもらえないかな」
「こ、これは……!!」
冒険者証は私たち冒険者にとって身分証明書だ。
魔力や血を金属に練り込んだりするので、偽造しにくい代物なのだ。私たちにとってこれはどこの冒険者ギルドに行っても役所に行っても手続きに必要なものなので、なくさないように大事にしている。
そのためサイズはそんなに大きくない。デザインが選べるようになったのはここ数十年の話だって。
ちなみに私はペンダント型にしていっつも服の下に入れているよ!
「少々お待ちください……!」
私の冒険者証を確認した衛兵さん達が大慌てで確認作業をしてくれることになって、エドウィンくんとイザベラちゃんは呆然としている。
「ア、アルマさんって、一体……」
「そうだぞ、貴様は……」
「私はただの冒険者だよ。まだどこの町に根ざすかとかを決めてない感じでふらふらしてンの」
自由民である冒険者は、国境すらない。
それが世界のルール。いつそれが定められたのかは知らないけど、そう決まっている。
ただまあ、どこの国でも冒険者ギルドに正式な依頼をかけさえすれば国内にいる冒険者達は協力することもやぶさかじゃないけどね。
「ああ、ほら。もう行ってもいいみたいだよ」
「お待たせいたしました。主がお会いになるそうです」
いつの間にか現れた執事服に身を包んだ老人が私たちに向かって恭しく頭を下げる。
まあ、正確には私にだろうけどね。
エドウィンくんは状況が理解できないといった顔をしているけど、気を取り直したのか私たちの先頭を意気揚々と歩き出した。単純だなあこの子。本当に大丈夫か?
反対にイザベラちゃんは心配そうだ。
「あの、……アルマさんはどちらにも根ざしていないんですか?」
「うん、そうだよ」
根ざす――つまり気に入った国や町を拠点にするってこと。
実力のある冒険者が根ざしてくれたら領主は大助かりなのである一定のランク以上の冒険者だったりすると優遇してもらえたりって話も聞いている。
今んとこ、私はこれといって拠点は定めていない根無し草だ。
記憶を取り戻してからこのファンタジー世界をあっちこっち見て回りたかったんだもん……そのためには拠点を定めない方が利点もあるんだよ……。
家の維持費とかさあ、税金を払う手間とかさあ……遠い場所にいたりすると、手間賃取られるんだよ……? なんか悔しいじゃない!!
それにお金に余裕があれば宿屋さんでの暮らしだってできる。掃除と洗濯がお願いできて、食堂がついているとこなら美味しい郷土料理だってあるし。利用しないテはないよね……。
前世の金銭感覚で言うと、ホテル暮らしより安いくらいかな。
まあ、勿論ピンキリだけども。
「私はあっちこっちを見て回って、美味しいものを食べたりするのが好きだからね!」
「そうなのですね……お恥ずかしながら、わたくしは聖女の役目以外で王都を出たことはなく、役目である巡礼以外に目を向けることが許されなかったので」
聖女。
それは一見、特別な立場のようだけどこの国にとっては違う。
不思議なことに、この国では十歳から十八歳くらいまでの少女にだけ『聖属性』が宿るのだ。
そう、本当に不思議なことに、魔力の含有量とかそういうのは一切関係なく、突然発現して突然消失する。
ちなみに全ての少女がってわけではなく、ある一定の……大体十人に一人くらいかな、そのくらいの子に発現する。
発現するともれなく教会につれて行かれ、読み書きなどの教育や衣食住を満たす代わりに『巡礼』に行かされる。
各地の巡礼スポットで聖女達が祈ると、国の中にある淀みとやらが減ってモンスターの凶暴化が抑さえられ、また国を守る結界が保たれるんだそうで……その辺は国家機密なので詳しくは知らない。
「イザベラちゃんも聖女だったんだねえ」
「はい、十歳の時に発現して以来、妃教育の合間に巡礼をしておりました。教会の関係者には、予定の調整などでご迷惑をおかけしたと思っております」
「……そんなことないと思うよ」
だって、王子の婚約者となると学ぶことってのは普通の貴族令嬢以上だったんだと思うんだよね。それこそ、完璧な淑女を目指せって言われるんじゃない?
それとは別に聖女の役割もちゃんとやっていたっていうからとっても偉いと私は思うわけ。
「あのさ、イザベラちゃん――」
「いよーう、アルマじゃないか!」
私がイザベラちゃんに声をかけようとした瞬間、暢気で、無粋な声がそれを遮った。
親しげに私を呼ぶその声の主に、勿論心当たりがある。
会いたくはなかったが、この町を目指していた私の目的である人物でもあった。
「……久しぶりじゃないの、ディル」
そう。ディルムッド。愛称はディル。
なかなかの好青年ヅラしているが、とんでもなく色々ヤベェやつなのだ!