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国王の厳しい声にもマルチェロくんは無反応だ。
ただただじっとイザベラちゃんを見つめている。
その様子に、猿ぐつわを外されたベルリナ子爵令嬢がヒステリックに叫び出した。
「ねえ! なんとか言いなさいよ、マルチェロ!」
ここで私は嫌な予感がした。
だって、そうでしょ?
(……おかしいでしょ、私が読んだ漫画のヒロインは、まあご都合主義はしょうがないにしても前向きで、明るくて、可愛い子って描かれ方をしていた。こんなヒステリックではなかった)
勿論、ここは私が前世で見た漫画の世界そのものじゃないんだから、キャラが違っても何ら不思議はないんだけど……これはこれで違いすぎだろう。
そこで一つの可能性が思い当たった。
転生したのは、私だけじゃない。ってことだ。
「そもそもアンタよ、イザベラ=ルティエ! あたしを虐めてたくせに、なんで? なんでアンタがいなくなったのに、あたしは王妃になれないの!?」
おっと、そんな考察をしていたらイザベラちゃんに飛び火が!
すわ一大事と思ったけれど、私の手を握ったままイザベラちゃんは軽く眉を顰めてベルリナ子爵令嬢を見ただけだった。
「……虐めた記憶などありませんけれど、なにを勘違いしてらっしゃるの?」
「勘違いですって!」
「わたくしは、特待生として入学し、また、殿下が気に掛けていた貴女を守っていたに過ぎません」
守っていた。
はっきりと、そうイザベラちゃんが言ったことにエドウィンくんが俯き、王子は目を丸くしている。
私は王様の方を見て、王子へと視線を向けて訴える。
猿ぐつわ、外してやったらどうなのと。
ぎゃあぎゃあ騒いでうっさいから物理的に黙らせたんだろうけど、同様に扱っていたベルリナ子爵令嬢さんを解き放ったんだから王子だってそうしてあげるべきだ。
ま、王様たちからしてみれば、失言されたらたまったもんじゃないから黙らせておきたいんだろうけど。
(そうは問屋が卸すもんか)
こういうことは、きっちりしとかないとね?
王室にとっても、国にとっても、私たちみたいな一般人にとっても大事なことだもの。
私がにっこり笑顔を浮かべてみせれば、国王夫妻は顔を見合わせて諦めたように王子の猿ぐつわを外していた。
「だって、だって、だって! だってアンタはいつだってあたしのすることなすこと文句をつけてきたじゃないの! 無理ばっかり言ってきたじゃないの!!」
「それは、必要なことだったからですわ。貴女は貴族になったのですから、貴族のルールは守らねばなりません。それが貴女を守る道でもあるのです」
「あたしは! 平民だったのよ! それを貴族になったからってすぐどうこうできるわけじゃないでしょ!!」
ベルリナ子爵令嬢さん……長いな、エミリアさんでいいか。
エミリアさんの言葉はもっともらしく聞こえるけれど、イザベラちゃんは彼女の金切り声を煩わしそうにため息を一つ吐いて、静かに彼女を見つめて口を開いた。
「一年」
「……え?」
「貴女が貴族令嬢となり、学園に通い始めてから一年経っております」
「そ、それがなによ……」
端的な言葉に怯んだエミリアさんは、イザベラちゃんの静かな言葉に圧倒されているようだった。
今まではエドウィンくんや王子に囲まれていたから、イザベラちゃんなんて怖くないと思っていたのかもしれない。
だけど、今、守ってくれる人がいない状況で淡々と事実を語る相手は得体の知れないもののように彼女には見えるのだろう。
ちょっといい気味だと思うのと同時に、うちの妹かっこいいな?って若干私は感動している!
「一年、貴女は貴族令嬢として領民の税を糧に生活をしているのです。もう貴女は己が『平民であったから』を言い訳にはできないのです。領民達の代表者として、統治者側の人間として、指標となる立場としての自覚を持たなければなりませんでした」
「……そ、それとこれとは……」
「だからこそわたくしは、貴族令嬢として身分による挨拶の問題やマナーについて、講義が難しいからと当たり前のように遅刻したり勝手に休んだりすることに対して常に説明したはずです」
いやいや、それただのサボりじゃん。
よく特待生になれたなあ、お金を積んだからってなかなか進学は難しくない?
頭がいいのかな。
「だって! それは……それはアンタがあたしに厳しく言うから……!」
「子供か」
エミリアさんの言い訳めいた声に思わずツッコんでしまった。
いやだってこれは黙っていられなかったのだ!
「姉様ったら」
「ごめん」
「でも、その通りですわ。わたくしたちにとってあの学び舎は、小さな国家なのです。故に、そこで己の立場を見出せぬ者に未来はありませんでした。それに気がついてほしくて、周りの方々と距離ができないためにもわたくしが率先して彼女に注意をしていたのですけれど……」
結果として、イザベラちゃんの親切心はまったくもって伝わらず、特待生で王子と親しくなったエミリアさんにイザベラちゃんが嫉妬したと変換されたらしい。
いやあ、いくらなんでも頭がお花畑過ぎないかな?
「王子もわかってなかったワケ?」
「……ペリュシエ侯爵令嬢にも、似たようなことを言われて、だが……なぜ、叱ることがエミリアのためになるのか私にはわからない……彼女は、困っていた。困って、いたんだ……」
「そりゃ困ってるだろうね。話を聞く限り真面目に勉強してないんだから、学校通ってたら困ることだらけじゃない」
「……なに……?」
「えっ、なんでわかんないの? 王子、大丈夫?」
主に頭が。
さすがにそこまで直接的なことは言わないけど、多分この部屋にいた人全員に伝わっているはずだ。
ごめん、あんまりオブラートに包むとか慣れていないんだ!




