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私とイザベラちゃんは帰ってまず食事をとることにした。
よくよく考えたら買い物に出たのはお昼を作るためだったんだよ。
なんにしようか楽しく話をしながら歩いていたら、まさかのあんな往来でオウジサマ襲来ってね!
はー、まったくもう。やれやれって感じだよ。
「時間も大分経っちゃったし、簡単なのにしようねえ」
「はい。でも、どうしましょう……」
「うーん、クレープにしようか」
「クレープですか? 前にアルマ姉様が作ってくださったデザートの……?」
「今回はお食事クレープね」
戸棚から卵と牛乳、小麦粉を取り出して混ぜる。
今回はお食事用だからね! 砂糖はなし。
「イザベラちゃん、ハムとレタス用意してくれる? トマトもあったっけ」
「は、はい。トマトもあります」
「じゃあトマトはスライスして種を抜いておいて」
「はい」
本当はツナ缶みたいのがあると嬉しいんだけど、ないからなー。
無難に卵とハム、レタスにトマト。あ、あとチーズも巻こうかな。
バターをフライパンに入れて生地を焼いていく間に私がチラリと横を見ると、イザベラちゃんが丁寧にトマトをスライスして種を抜いているのが見える。
(初めの頃はおっかなびっくりだったのになあ)
まるごとのトマトに包丁を入れる時も、生肉や生魚がまな板の上に出てきた時もおっかなびっくりだったっけ。
それが随分進歩したもんだよね!
おねえちゃんの指導の賜物だってちょっと内心自慢してるんだけど。
「イザベラちゃんは、王宮に行ったら言ってやりたいこととかあるの?」
「……そうですわね。事実をはっきりさせて決別したいと思っておりますが」
私の問いかけに、イザベラちゃんがふと手を止めて黙り、そしてまたレタスをむしり始める。
平素と変わらない穏やかなその声は、もう彼女の中で答えが出ている証なんだろうなあと思うと感慨深い。
いや何回目だよって話なんだけど、感慨深いモンは感慨深いのよ!
だって私の可愛い妹の成長なのよ!?
これを喜ばずにいられるかっての!!
「両親と兄もその場にいるようですし、お別れの挨拶くらいはしておくのがよろしいかなと思います」
「そっか」
まるで他人事のように話すイザベラちゃんだけど、そうだよねえ、お兄さん以外はあまり家族としての触れ合いもなかったって言うし……そのお兄さんも王子と婚約した頃からよそよそしくなったってんだから……。
実質他人といってもいいのでは?
それなのにちゃんとお別れの挨拶をして義理を果たそうとするうちの妹、天使のような優しさの持ち主では?
「尊い」
「え?」
「なんでもない、こっちの話」
しかし王城かあ。
話し合いとやらをするんだったら当事者が招かれるのが筋ってもんよね。
なんせ、国王不在の間に王子がやらかしたのを誰も止めないとかあり得ない。
ってことは彼を止めるストッパー担当がいてもおかしくない。
エドウィンくんはまずないね、男爵は……イザベラちゃんを気遣うあの様子だと、国王と一緒に行事に参加していたっぽいし。
公爵家がイザベラちゃんを嵌めたとは思えないし、だとすると他の貴族?
子爵家の娘を傀儡に仕立て上げて、〝イザベラ=ルティエ〟という完璧な令嬢に泥を塗って引きずり下ろそうっていう暗躍とか?
(その辺を明らかにしたいから彼女を呼ぶんだろうけど)
勿論話を聞きたいってのが殆どの理由だろうし、直接謝りたいってのもあるだろう。
だけど、ほんの少しだけ……そういう手合いがいての問題だとしたら、彼女が王城に来て証言するのをよく思わない人間が行動に出る、とも考えられる。
(考え過ぎだといいけどね)
なんにせよ、イザベラちゃんが自分から私に付いてきてくれるよう頼んでくれて良かった。
もし一人で行く気だとかだったら多分私がゴネて付いていったけども。
いい大人なんだから駄々こねんなって? 知らないよ、妹の一大事なんだよ!
イザベラちゃんの意思はしっかり決まっているようだけど、多勢に無勢で城に閉じ込められたりして再度婚約を定められたり、他の人と政略結婚を……なんて可能性だって否めないからね。
もう少し城の人間を信用してあげたいところだけど、ディルムッドとフォルカスもこういう場合、王城で親しい人間以外は信用するなって言ってたし。
あの二人が言うんだから間違いない。
アイツら、こういうことにはとても強いので。
「美味しい!」
「こういうのもアリだと思わないー?」
「はい、また食べたいです!」
「中身が色々自由に選べるのが楽しいよね。魚とか、焼いたお肉でも美味しいよ。パプリカとかも色合いが綺麗だし」
「それも美味しそうです……!」
「じゃあ今度作ろうね」
美味しそうにクレープを両手で持って食べるイザベラちゃんは、もうさっきライリー様の執務室で冷たい表情をしていたのが嘘みたいに楽しそうだ。
(やっぱり、その表情の方がいいよ)
凜とした貴族令嬢のイザベラ=ルティエって女の子も素敵だったけどね。
そう私は胸の内で呟いておいた。
「ねえイザベラちゃん、王城に行くのにどんなお洋服で行こうか」
「でしたらわたくし、アルマ姉様が初日に買ってくださったすみれ色のワンピースにいたします」
「お、いいねえ」
彼女にドレスはもう、必要ない。




