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「……今日、今すぐに出発はできません。また、同行者が一緒でなくば王城へは向かいません。これは男爵様個人や国王陛下を疑っているのではなく、わたくしが現段階ではまだ罪人扱いをされているということを考えてのことです」
イザベラちゃんの声は、静かだった。
静かだけど、それ以上は譲歩しないという強さを持っている。
その返答に男爵がちょっとだけ眉間に皺を寄せたけど、あれはどういう感情からだろうね?
未来の、優秀な王妃を失ったことに対する失望?
要求過多だと苛立った?
わからないけど、彼女の意見を否定するなら私がとる行動はただ一つだ。
「アルマ姉様」
「うん、どうしたの?」
イザベラちゃんは、それまでと打って変わったように不安そうな目で私を見上げていた。
そして胸の前で手を組むようにして、それはまるで懇願するような上目使いで、ああそんなの私以外にしちゃだめだからね!?
モッテモテになりすぎて、お外出歩けなくなっちゃうレベルだよ!
「わたくしと一緒に、王城へ行っていただけませんか」
「いいよぉ」
私はイザベラちゃんのお願いに即答する。
え? 断る選択肢はないでしょ。
行くってんならお願いされなくてもついていくつもりだったし。
だけど、イザベラちゃんにしたら予想外だったらしい。
目をパチパチさせちゃって、かーわいいの。
不安そうに揺れてた目が今はびっくりしちゃって、落っこちちゃいそうだね。まあ、物理的にそんなことはないってわかってるけどさ。
「可愛い妹を守るのは、おねえちゃんの役目でしょ?」
「姉様……!!」
私の言葉にパアッと笑顔になってぎゅっと抱きついてくるこの妹の可愛さよ……。
今なら私もドラゴンを一撃でやっつけられそう。
私も思わず抱きしめ返しながら、おや?と思ってイザベラちゃんに聞いてみた。
「でもなんで今すぐはだめなの?」
「だって、おうちにある食材が傷んでしまうじゃないですか」
「ああー……」
そうでした。
いやあ、うちの妹がしっかり者で大変助かります!
確かに私の空間収納とか使えば腐らないけど、それも収納しに戻らないといけないっていうね。うっかりうっかり。
あと王都までの道はそこそこ長いから、お弁当も作らなきゃなあー。
何がいいだろう。やっぱり王道にサンドイッチ?
どうせだったら色んな種類にデザートもつけちゃおうか。
「それじゃあライリー様、私たちは準備も兼ねて一旦家に帰りますね!」
「……サイフォード男爵、貴殿は当家でゆるりと休むが良い。して、イザベラ=ルティエ様はいかほど準備に日数が必要と思われますかな」
「では、二日ほどお待ちいただきたいですわ」
「承知した」
「カルライラ辺境伯様、なにを勝手な……!!」
「たかが二日で名誉を傷つけられたご令嬢が足を運んで下さるというならば、貴族として、紳士として待つのが当然であろう。また、わしも此度の件は国王陛下に色々とお伺いしたい点があるのでな、同行させてもらう」
「……致し方ありませんな」
まあお偉い人たちにはお偉い人たちの事情ってものがあるだろうけど、今回は被害者であるイザベラちゃんの意見が優先だよね。
ライリー様が味方だから男爵も強く出られない……というよりは男爵も一応抵抗しましたっていうポーズでしかなさそうだ。
そりゃそうか、お使いを言い渡されている立場だもんね。
できる限り早く連れてこいとかきっと言われてるんだろうなあ、大変だなあ中間管理職って。
「それじゃあイザベラちゃん、帰ろっか」
「はい!」
「イザベラ……」
生き生きとした表情のイザベラちゃんを、眩しいものを見るような目を向けて手を伸ばす王子。
だけど、彼女の耳にもきっとその声は聞こえていただろうけど、決して振り返ることはなかった。
きっと、もう彼女の中では婚約者だった王子のことも、公爵令嬢だったことも……過去のことにできたんだろう。
そして今回王城に赴くのは、そんな過去と正式に決別して、新しい道を歩くための大事なステップなんだと思う。
(その道を行くのに、ちゃんと私にお願いしてくれた)
私のワガママで妹になってくれたイザベラちゃん。
最初は遠慮ばっかりで、いいのかなって顔色を窺ってばっかりだった。
次第に笑顔が増えて、素直な気持ちを話してくれるようになって、私の傍にいたいって言ってくれて。
「イザベラちゃん」
「なんですか? 姉様」
「おねえちゃんは、ずーっとイザベラちゃんの味方だからね。間違ったことをしたら叱るかもしれないし、私が間違えたら叱ってね。でも、味方だよ」
「……はい」
帰り道、繋いだ手はいつもよりあったかかった。




