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「そもそもわたくしたちの婚約は、国にとっての大切なもの。そのことをお忘れですか」
「お、覚えている。王家の血を、戻す為に……」
「さようですわ。そもそもは、男児である殿下がおられるので組み上げられた計画だということも、ご存知でしたか」
「……姉上たちを、友好国に嫁がせより関係を強固な物にし、残る私をいずれ国王にする」
「そう、そのためには他国から干渉を受けぬ為に国内から王妃となる人物を選ばねばなりませんでした」
イザベラちゃんが凜とした表情で、それでもどこか冷めた視線を王子に投げかける姿はなんていうか……聞き分けの悪い生徒を叱る先生みたいだなって……。
「そして、各派閥のバランスを考えたところで筆頭公爵家と呼ばれていて、資産的に落ち目であった我が家に白羽の矢が立っただけの話です。王家の血を戻すという名目のために」
王家の血を戻す、その言葉で貴族達を黙らせた。
バルトラーナ公爵家には窮状を救うことを条件に娘を差し出させた。
どこの家の姫君達よりもイザベラちゃんが秀でることで、彼女以上の存在になれない限り王妃にはなれないと牽制して国内の貴族達のバランスをとった。
そしてそんな目論見は功を奏し、国内が荒れることなく見事に婚約問題は解決したのだ。
イザベラちゃんがなまじ、すさまじい努力家な上に才能があったからでもあったのだけれど。もしそうじゃなかったら今頃どうなっていたんだろう?
だからこそ、彼女の〝貴婦人としての〟名誉が地に落ちてしまった今、婚約者としてそのままにできずに万が一が起きた場合の措置である、各派閥から婚約者を出し、正妃については誰にするか、議会で決めることと定まっていたのだそうだ。
なので国王の帰りを待たずに次の婚約者が現れてもなんの不思議もないってこと。
まあ、要約するとそんな感じだけど……。
「えっ、それ全部イザベラちゃんに押しつけただけじゃん」
「まあ、そうですわね」
私の驚いた声にイザベラちゃんが頷いた。
いやいや、そんなあっさり……とんでもないことですよ!
「勿論、国としても彼女のことを常に気に掛けておりましたぞ」
「でも結局追放されたじゃない」
男爵が慌てて口を挟むものの、私は思わずバッサリ切り捨ててしまった。
私の発言に、誰もが口を噤んでしまった。実際、本当のところだし。
「それは……言い訳できませんな……」
「良いのです。おかげで、わたくしはアルマ姉様に出会えましたもの」
にこっとイザベラちゃんが花のように笑う。
その発言があまりにも尊くて私は思わず彼女を抱きしめてしまった。
あーもう! うちの妹が! こんなにも可愛い……!!
「わたくしも、無理だとか、辛いとか……そういうことを殿下に相談すれば良かったのですわ。きっとお互いに言葉が足りず、心に距離がどんどんとできてしまいもう埋める事ができなくなっていたに違いありません」
「イザベラ……」
「屈託ないベルリナ子爵令嬢に、殿下が惹かれるのも当然のことでしょう。アルマ姉様が仰るように、婚約者としてわたくしに問うてくださっても良かったのですが……兄もまた、わたくしのことを信じられなくなってしまっていたのですね」
悲しそうに目を伏せて、私にぎゅっとしがみつくイザベラちゃんの心の中はきっと、とても寂しさに満ちているのだと思う。
だって、長く婚約者であった人も、幼馴染も、そしてあろうことか実の兄も、イザベラちゃんのことを守ってくれなかった。
国のためだからと尽くしてきたのに、彼女を支えると言いながら周囲の大人達も彼女を救えなかったのだ。
「これからはもっと私を頼っていいからね。なんでもちゃんと言うのよ?」
「はい、姉様」
「……話を戻してもいいか、アルマ殿」
ゴホンと咳払いをしたライリー様が苦笑しながら私たちに声をかけてくるので、しょうがないから頷いておいた。
ライリー様はこちらの味方、それがわかっているからきっと酷いことは言わないだろうって思ったからだけどね!
「陛下から、イザベラ=ルティエ様に手紙が届いておる。殿下のことは気にせず、目を通してくれるか」
「……はい」
ヴァン様がイザベラちゃん宛ての手紙を渡してくれて、少しだけ震える指先がその便箋を開いた。
「姉様も一緒に、目を通していただけますか」
「いいの?」
「はい、お願いいたします」
乞われて一緒に手紙を読む。
内容は、とにかく謝罪だった。本来なら王が謝罪などするものではないが、これは息子の不出来を嘆く父親としての謝罪だと連ねてあった。
(いやいや、王様って立場からも謝罪しなさいよ。王子が仕出かしたことなんだからさあ)
思わずそう思ったけど、声に出さなかった私、えらーい!
まあそれはともかく、事情を本人の口から聞きたいし、問題の一人でもある彼女の兄については『妹が来ない限り黙秘する』と言っていて親である公爵夫妻も手を焼いているのだとか。
いやもう、ひっぱたくなり何なりしろよ……と思ったのはナイショである。




