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その後、なんだかんだ文句を言う王子様を連れて私たちはライリー様が待つという執務室に行ったんだけど、そこに着いたらまあ般若っていうか顔怖いですよライリー様!
眼光だけでエドウィンくんが汗掻いてますけど、一体何があってそうなったのか気になるような気にしたらだめなような……。
「アレクシオス殿下、勝手な振る舞いは困りますな。一体どのようにしてこの場に来られたのか、後ほどゆっくりと伺わせていただきましょう。お話によっては国王陛下から厳しい判断が下されるものとお考え下さい」
だけど、口火を切ったのはその場にいた見知らぬ男性だった。
ライリー様の横に立つヴァン様とは反対側を陣取るその人は、年齢的には初老。
背筋がピンと伸びているけれどどこかひょろっとした人で、ちょっと神経質そうな顔にモノクルを嵌めている文官のようだった。
「イザベラちゃん、あの人誰か知ってる?」
「あの方はサイフォード男爵ですわ。国王陛下の右腕とも呼ばれる、近侍を務められておいでの方です」
「ふうん?」
成る程、国王の右腕サイフォードなら私も名前を聞いたことがある。
基本的には後ろに控えて目立たない人物だけれど、何か有事が起きた際には国王の代わりにあちこちへと走り、身分が上の人間にも臆することなくビシバシ文句をつけるっていう有能な人物だって噂。
そんな私たちの声が耳に届いたのだろう、王子に対して厳しい声を投げかけていた人物……サイフォード男爵様は私たちの方へと向くと打って変わって穏やかな笑みを浮かべて一礼した。
「貴女が〝青真珠〟のアルマ殿ですな、お初にお目にかかる。ラルフ・サイフォードと申す。それに、イザベラ=ルティエ・バルトラーナ公爵令嬢もお久しぶりございます」
「……どうも、アルマです」
「サイフォード男爵様もご壮健で何よりです。……今のわたくしは、一介の平民に過ぎませんのでどうかそのように」
イザベラちゃんが私の手を握るようにしてそう訴える姿にキュンとする。
でもその手はちょっと震えていて、自分が連れ戻されるかどうか不安なんだろうなあ。
だけど、イザベラちゃんの訴えをなんとも言えない表情でサイフォード男爵は首を振って否定する。
「そうは参りません」
「ですが」
「勿論、此度の醜聞について貴女様の立場は大変難しいものとなってしまいましたが、決してイザベラ=ルティエ様に落ち度があったなどとは考えられません」
「なんだとっ!」
男爵の言葉は、本当だと思う。
イザベラちゃんが冤罪(というかそれ以外の何物でもない)であった場合
そんな状況で一方的に罪を突きつけられた醜聞は残るものの、名誉の回復として貴族位の剥奪は撤回、慰謝料だとかより良い縁を繋ぐだとか、そういったことが当然望ましい。
ただ、それと社交界の関係は全く以て別だから、結局のところ貴婦人のまま世俗から離れることを勧められる……って実質追いやられるじゃんっていう道しか見えないんだけどね。
だけど、ココで大事なことは二つ。
国王の右腕である男爵が『イザベラ=ルティエ様』と呼び、彼女に落ち度はないと考えている……つまり、王家は冤罪を認めていると同義だ。
その上で王子は『裁判がある』と言っていたということは、今回の件を白黒はっきりさせて貴族達の動揺を鎮め、彼女の名誉を回復するためのパフォーマンスの一環としての証人喚問ってところかな?
ついでに言うと王子に関しては独断で動いていると思っていいだろう。
男爵のあの咎めようだと、王城では謹慎を命じられていたのかもしれない。
怒りを露わにする王子に対しても、男爵の態度は冷静そのものだ。
「当然でしょう。議会にも、陛下にも相談せずに衆目の前で婚約破棄? そもそもイザベラ=ルティエ様が王家に嫁ぐことは、王家にその血を戻すという大切な意味があってのこと。罪があるならば裁かれもしましょうが、その意味を考えれば勝手な行動はあり得ません」
「くっ……」
「知らなかった、などとは仰らないでいただきたい。王族として教育を受けている貴男様だからこそ理解していないといけない事柄だったのですから」
「も、勿論知っている……だが、だからこそ、国民を守るべき彼女が平民から貴族に上がり苦労をしている特待生のエミリアを虐げていたと知り、私は……」
王子は段々と言葉を小さくさせながら、俯いてしまった。
信頼していた婚約者の行動が悪辣だったから、ショックだったと言いたいわけだ。
でも、それってさあ。
「勝手だよね」
おっと、口が滑った!




