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それはもう、本当に唐突だった。
私とイザベラちゃんはとっても平和に暮らしていたのだけれど、ディルムッドがライリー様経由で国王夫妻たちが帰国したという連絡を受けて『ああ、そろそろ連絡が来るかなあ』と対策を練っていた。
ところが、そこから幾日か経っても謝罪だとか心配するとか、王都に来いとかそういうことは一切ない。本当にない。これっぽっちもだ。
おかしいと思うじゃない? 普通に考えたら。
(さすがに放置しすぎだとは思ったよ? 確かにさ)
だけど、これはないんじゃないかなあ!?
そう思うのには理由がある。
私たちの前に立ちはだかるようにして仁王立ちしている少年の姿だ。
なかなか整った顔立ちを苛立たせながら、足を踏みならす姿はちょっと紳士とは呼べないな。
まあエドウィンくんが地団駄踏んでいた様子を思い出せば、まだ彼の方が大人っぽい……いや苛立ってるのを見せている段階でまだまだだな。
(これが王子だってんだから、この国の未来は暗いかなあ)
何を隠そう、いや隠れてないけど。
このお坊ちゃんが、イザベラちゃんを振ったというアレクシオス殿下とやららしい。
それを裏付けているのがイザベラちゃんの反応であり、彼の後ろにいるエドウィンくんとそのお目付役というか、ストッパーになるためにやってきたであろうヴァネッサ様だ。
お役目ご苦労様です……。
「この私が! 迎えにきてやったというのに! なんだその態度は!!」
「頼んでおりません」
「このっ……不敬にも程があるぞ、イザベラ=ルティエ!!」
一体このお坊ちゃんは何をしているんだろうか。
そもそも王子が単身なんでここに来ているんだろうか。いやまあ、ヴァネッサ様がいるってことはライリー様にはご挨拶したのか?
「ええと……ヴァネッサ様?」
ご説明お願いします!
そう私が視線を向けると、とっても疲れた笑顔を見せたヴァネッサ様が私たちの方へと歩み寄ってきた。
あれ、王子放置でいいのかな?
「ごめんなさいね、アルマさん。イザベラ=ルティエ様もごきげんよう」
優雅にお辞儀してみせるヴァネッサ様は私たちに対して礼を払ってくれるんだけど、それを見てまた王子は腹が立っているのか顔を歪めている。
「王太子であるこの私を無視するとは貴様ら……!!」
いや、だから立太子の儀とやらを行ってないんだから違うんじゃないのか。
思わずそう思ったけど、声に出したらもっと面倒になりそうな気がして私は黙って置いた。
だって話が進まなくなりそうだからね……。
「国王陛下は今回の話を受けて、是非ともお二人にお話を伺いたいのだそうよ。勿論、これは強制ではないし、我々カルライラ家はイザベラ=ルティエ様の味方です。これまで聖女として危うい地域でも怯まず祈りを捧げてくださったことに対し、我らは恩を忘れておりません」
「……覚えておいでだったのですか」
「はい。それは当然のことです」
聖女の役目は祈ること。
だけれど、こうして辺境地などの国境辺りはやはり治安的にも、侵略の要として危険な部分はある。
カルライラ領は二つの国と隣接しているので色々と複雑なのだ。
一つは友好国、王女が嫁いだ国。
もう一方はまあ一応国交はあるし不仲ってわけじゃないけど、それだけってやつだ。
ぶっちゃければ、その国を警戒して友好国とは同盟を結んだっていう経緯がある。
とまあ、そんな事情から危険とは言わないけれど決して安全とも言いきれない……そういう地域が存在する。
だがそういうところこそ国を守る結界の重要な部分であり、聖女の祈りが欠かせない場所でもある。
だけど、考えてほしい。
誰が危険な場所に好んでいくだろうか?
そもそも聖女になれば色々と便宜を図ってもらえるにしても、それはほぼ強制的に労働を強いられているのだ。
それこそ、平民から貴族まで平等に……なんて謳っているが貴族の姫君がいやだとごねたら平民の子に話がいく。
教会では平等に扱っているというけれど、結局それは建前だ。
お布施を多く払ってくれる貴族たちを優遇することだってある。
そんな中、ヴァネッサ様がイザベラちゃんに恩を感じていると言ったということは、彼女がそんな場所に赴いたという事実があるのだ。
誰よりも、立場のある貴婦人であったイザベラちゃんが、臆することなく聖女の役目を果たしていたという事実に私はなんだか感動してしまった。
「……イザベラちゃんは、いい聖女だったんだねえ……」
「そんなことはありません。わたくしは……ただ、責任を果たすべく……」
いい子だなあ!
思わず私がしみじみ言えばヴァネッサ様も頷いていて、そんな私たちにさっと頬を染めたイザベラちゃんが謙遜する。ああ、可愛い!
「嘘を申すな!」
思わずほっこりした私たちを邪魔するように、王子が怒鳴る。
私たちを……というか、イザベラちゃんを指さして、彼は高らかに宣言するかのように声を張り上げた。
「そこなるイザベラ=ルティエは王子妃の教育の合間に出た聖女の任に関しても、公爵家の権威を用いて自身の負担を軽くし、平民出身の聖女に厳しく当たったのだ!!」
あれ? おねーさん、怒ってイイ案件じゃないかな、これ。
思わずヴァネッサ様を見れば彼女も同じように思っていたんだろう、ぐっと親指を立ててゴーサインをくれた。
うん、私そーいうヴァネッサ様のノリ、大好き。
「いい加減にしてくださいまし」
それじゃあと一歩前に出ようとした私よりも先に、イザベラちゃんが王子の方を向いて凜とした声を上げた。




