アルマの恋
アルマが恋を自覚したのは、本当に一瞬のことだった。
彼女自身が『あ、落ちたな』と思うほどに。
ディルムッドの野性的な勘のおかげで彼とフォルカスとアルマの三人は出会い、彼女の料理を通じて仲を深め、気がつけば外面を取っ払って互いにある程度の〝事情〟を打ち明け合う関係になっていった。
それでもまだ、その頃はアルマにとって二人は悪友だった。
アルマとディルムッドはほぼ年齢が同じであり、フォルカスが少し年上。
その関係はとても気楽なものだった。
彼女にとって、恋愛はよくわからないものだった。
別段それは前世の記憶がどうこうという問題ではない。ただ、よくわからなかった。
理屈はわかっているし、理解もできている。
前世では恋人がいたようだったし(そこの記憶は曖昧だ)、今世だって孤児院にいた頃憧れた相手くらいいる。
だがそれは恋だったのかと問われると、首を傾げるのである。
周囲が色恋の話題で沸いた時も、アルマは笑って言っていた。
「それよりも、美味しいものとか世界中の不思議な景色を見たいかなー。まあ、いい出会いがあればきっと私だって恋するよ!」
そんな風に笑っていた。冗談のつもりだった。
アルマは少なくとも、そう考えていた。
だが、どうだろう。
ある日の討伐隊で、魔法が効きづらい魔物を相手に劣勢となった彼女の元に応援として現れたのがフォルカスだった。
ああ、相性最悪だななんて笑いながら、他の討伐に来ていた冒険者達を庇いながら後退を続ける彼らを前に最悪を覚悟だってした。
フォルカスと二人で囮役を買って出て、怪我人達を逃がすので精一杯。
ディルムッドが来る、それまで持ちこたえられるだろうか?
そんな風にまで思い始めたくらいだ。
「もう、みんな逃げられたかな」
強がりを言うのにも、声に力が出なくてアルマは悔しかった。
何がジュエル級冒険者だ、魔法が使えなければこんなにも弱いじゃないか。
だが憤ったところで現実が覆るわけでもない。
「アルマ!」
モンスターの攻撃に捌ききれなかった一撃が入り吹っ飛ばされそうになる彼女を、フォルカスが抱き留めてくれた。
ああ、迷惑をかけている。
そう思うと悔しくてたまらなかった。
「案ずるな」
「……フォルカス?」
「お前のことは、私が守る」
そんな中、彼女を安心させるようにそう言ったフォルカスが魔力を一気に放出させた。
あの光景は、きっとアルマにとって一生忘れることができないに違いなかった。
アルマを抱き留めたまま、片腕を前に突き出したフォルカスがどのような魔法を放ったのか、彼女にはさっぱり理解はできなかった。
ただ、とんでもない魔法だったことは理解できる。
放ったフォルカスも無事ではなく、彼が纏うローブはボロボロで、アルマだって彼に抱きかかえられて守られていたというのにその衝撃で頭がクラクラした。
「ふぉる、かす……?」
「奥の手だ。……詳しくは聞かないでくれ」
「う、ん……」
その時、彼の腕の中から見上げたフォルカスのその微笑みを見て、アルマは思ったのだ。
あ、恋に落ちたな、と。
(いやだって、かっこ良かったし? 抱きしめられて守られるとかそりゃ私だって乙女だからときめきますし?)
ボロボロのフードから見える褐色の肌や、アルマの無事を確認して目を細めるようにして笑っている姿に、ときめくなって方が無理な話だったのだ。
彼女は前世の記憶もあったし、孤児院で色々な話を耳にしていたので早熟であった。その分、こと恋愛に関しては夢を見ない現実主義者でもあったのだ。
(それがこのザマか……)
しかもこの後、フォルカスを前に今の関係を壊すことが怖くなり結局アピールできずにいるわ、アピールするにも方法がわからなくて彼好みの料理を作るもののディルムッドにリクエストされればそれも作るので結局アピールにならなかったとか……。
結果は散々なものである。
その上、待ち合わせて飲む約束をした日に遅れていった時に聞こえてしまった二人の会話が決定打で彼女はアピールすることを諦めた。
(……いつかは、思い出になるでしょ)
その時は、そう思ったのだ。
早い失恋だったなあ、残念だなあ。でも友人として彼のことを大事にしよう。
ところが数少ないジュエル級冒険者、約束でもしない限りそう会うこともないと高をくくっていた彼女を待ち受けていたのはちょくちょく連絡を取ってくる、二人の存在で……アルマは彼女にしては珍しく、頭を抱える日々が続いたのであった。




