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「ん? 私?」
私は懐から冒険者章を取り出して、イザベラちゃんの掌の上に乗せた。
それはディルムッドの耳飾り型になっているものとは違い、一見普通の冒険者章に見える代物だ。そう、裏側は。
「こ、これは……」
「目立つでしょう? だから出したくないのよねー!」
からから笑ってみせるけど、いや本当に出すの恥ずかしいのよ。
私の冒険者ランクを示す宝石は“青真珠”。
ちなみにジュエル級冒険者たちが持つ宝石は、希少性と強さが比例されているっていうけどあれは嘘だ。
ジュエル級冒険者ってのは総じて化け物、そのくらいに思っておけばいい。
私を除いて。私は前世の知識のせいで妙な感じに魔法が使えるだけだから!
この世界のルールに則って得体の知れないほどの魔力を持っているとかドラゴンの首を腕力だけで落とすとか人外な能力は私にはないんだから!
ここ、重要だかんね!!
で、私の青真珠とやらは、ちょっと昔、もうちょいヤンチャだった頃にですね……たまたま立ち寄った港町で、化け貝が出るって言われてお腹空いてたもんだから……ええ、空腹ってこう、目の前に獲物いると思った以上の実力が出せたりするもんじゃない?
だから一人で討伐しちゃったね、っていうさ……。
「すごいですわ、アルマ姉様! こんなに鮮やかなブルーパール、わたくし王宮でも見たことがございません」
「あーうん、昔化け貝を倒したことがあって……その一部で作られてるんだよ」
「成る程……だから姉様のジュエルランクが“青真珠”ですのね」
「そゆこと」
ちなみにフォルカスはブレスレットタイプで、スタールビーが嵌まっている。
なんでも、彼の出身国で産出された石なんだってさー。
ジュエル級冒険者ってのは見えるところに冒険者章を出しておいて奪われたりなんかしない強者としての態度を世間に見せつけろ!
なーんてギルドじゃ言われるんだけどさー、目立ちたくないじゃん?
ってことでディルムッドが広告塔よろしくイヤリングで目立ってくれているわけであります。そこんとこは感謝してる。
でも明日来たら絶対ピーマンのフルコースだから。覚えとけ!
「まあ、国王が戻ってからが問題だろうな。もし万が一、ヤバそうならオレらも手助けするからよ。イザベラが逃げ出したいっていうし、アルマもやる気ならとっとと出るのが一番だろう」
「そうだねえ、まあ簡単にイザベラちゃんを自由にしてくれるとは思えないけど」
「まあな」
私とディルムッドの会話に、イザベラちゃんが少しだけ不安そうな顔をしたけれどすぐに表情を引き締めて凜とした表情になった。
「ご迷惑をおかけして申し訳ないと思います。このご恩は、いつか必ずお返しいたしますので……」
「あ? そんなん気にしなくていい」
ディルムッドはにやりと笑ってイザベラちゃんの頭をがしがし撫でた。
首! イザベラちゃんの細い首がもげちゃわないかしら!?
「ちょ、ちょっと! ディル!! イザベラちゃんはアンタと違って普通の子なんだから、手加減しなさいよ!」
「あ? してるっつーの」
馬鹿力なりに手加減はしたのだろうけれど、あっという間にボサボサになっちゃったイザベラちゃんの髪の毛を私が撫でるように直してあげる。
だけどイザベラちゃんは、驚いたように目を丸くしたまま私の方を見ていた。
「ふつう……」
「イザベラちゃん?」
「わたくし、普通の子、ですか?」
「え? うん」
イザベラちゃんの問いかけに、私は首を傾げる。
だけど、彼女はすごく嬉しそうに笑った。だからつられて私も笑った。
よくわかんないけど、イザベラちゃんが可愛いからいいか!
「わたくし、今までそのように言われたことはありませんでした。ですから、嬉しいですわ」
「そうなの?」
「はい。王子の婚約者、筆頭公爵家の娘、聖女、貴婦人……どれもこれもわたくしの身分を形作るものでしたが、わたくし個人を表した言葉ではないと今になってみると、そう思います」
ああ、なるほど。
だからイザベラちゃんは私に「普通」と言われて嬉しかったのかあ。
……可愛すぎないかな?
「どうしよう、ディル」
「一応聞いてやる。なにがだ」
「うちの妹がこんなに可愛い」
「そんなところだろうと思った」
呆れたように言うけどお前だって結構ニヤニヤしてんじゃないかとツッコみたいけど、そんなことよりイザベラちゃんを愛でなければ!
ああー、本当にこんないい子を手放すとか王子って見る目がないんだねえ。
「……わたくしよくわからないのですが、ジュエル級冒険者の方は殆どがペアか単独か、そのように行動なされるそうですが……アルマ姉様はディル様とフォルカス様と仲がよろしいのですね?」
「ん? んー、まあ、そう、かな? 他のジュエル級冒険者に比べれば確かに私たちは仲が良い方かもしれないね」
「そうだなあ、素で会話できる貴重な相手って感じか」
「お互い事情もある程度は知っているし、組みやすい仲間でもあるな」
実を言うならディルとフォルカスには一緒に組まないかと誘われたこともあるけどね。
とはいえ、二人には厄介な事情がちょっとあって、そこの点で私が自由にあっちこっちふらふらできないってところがあったのでお断りさせてもらった経緯がある。
まあ、そこらへんの事情についてはまだイザベラちゃんに話すつもりもないし、彼女だって首を突っ込んでくることもナイだろう。
多分、なにかあるってことはもう察しているだろう。賢い子だから。
なんたって、うちの自慢の妹ですから!