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「まあ、いいんじゃないか。無理強いされてないなら俺としても気にしない」
「では話を続けるが……」
ディルムッドは納得したらしく、フォルカスは気にせず話を続けた。
王城では王子の唐突な行動に驚きと非難の声が多く上がったが、王子はそれでもイザベラちゃんがいかに悪女であり、エミリアっていう女の子がいかに不遇で健気で、それでいて大聖女になれるほどの才覚があるのをきっとイザベラちゃんが妬んだんだって熱弁を振るって周囲を閉口させたらしい。
わお! 思った以上にとんでもないね!!
「王子がそのような変化があったことに、貴女は何か気がつくことはなかったか?」
「いえ……」
「そういえば全然気にしてなかったから聞かなかったけど、イザベラちゃんって学園に通ってたんだよね。エドウィンくんも一緒に?」
「はい」
すっかりエドウィンくんの存在を忘れてたとかは言わないよ!
今頃辺境伯のお宅でお世話になっているから、さぞかし健康的な生活を送らされていることと思うけども。
なんせ、辺境伯は王国の盾だからね……明け方から訓練が始まるからその怒号たるやすさまじい野太さだもの……びっくりしてベッドから落っこちてないとイイネ!
「アレクシオス殿下とエドウィン、そしてわたくしは同じ年齢でございます。そもそもは、わたくしの兄であるマルチェロとエドウィンは殿下の遊び相手として選ばれていたので、わたくしも婚約者になる前からお顔を存じておりました」
「へえ、つまり幼馴染みってやつかあ」
エドウィンくん、幼いとは思ってたけどちょっとそれは心配になるね?
世間知らずっぽかったからなあ、箱入りは箱入りなんだろうけど、そういう意味じゃイザベラちゃんの方がもっと箱入りでもおかしくないんだけど……何が違ったのやら。
「わたくしが殿下と婚約をすることが決定した後は、兄と共に殿下をお支えするのだとエドウィンもよく言っておりました」
「イザベラちゃんのお兄さんってどんな人?」
「兄ですか? そうですね……公爵家の後継として誰もが認める、大変立派な方です。わたくしとは一つしか違いませんが、どれほど努力を重ねようともとても及ばぬほど優れた頭脳を持ち、幼い頃から大人顔負けの駆け引きもできる自慢の兄でした」
「……でした?」
イザベラちゃんの言葉に、私が首を傾げる。
過去形だったから。
それに、彼女の顔は悲痛なものだ。
「わたくしたちは、とても仲の良い兄妹であったと思います。両親はあまり子供に関心のない人たちでしたが、兄はわたくしのことを慈しんでくださって、寂しさもなく、幸せでした。……ですが、王子と婚約した辺りからでしょうか」
イザベラちゃんによれば、それまで仲が良かったのに少しずつ兄と距離ができたような気がし始めたのだという。
初めは気のせいかとも思ったが、気になって兄を問い詰めた結果、『王子の婚約者だから』と言われその場では納得したらしい。
まあ、王子の婚約者がいつまでも兄にべったりだと色々勘ぐられるってのはあるからな……一理あるといえば一理あるけど……。
「次第にわたくしも兄に対してどう接して良いのかわからなくなり、気がついた時にはもうお互いの距離は取り戻せないほどに開いておりました。その結果、兄もエミリアさんの言葉に耳を傾けるようになって……」
「エミリアさん」
誰だっけ。
イザベラちゃんが悲しげにしたので、きっと嫌なヤツに違いない。だけど聞き覚えのない名前に、首を傾げた私に代わってフォルカスが教えてくれた。
「ベルリナ子爵が平民の女性に生ませた娘だ。世間には身分差を越えた愛だなんだと謳っているようだが、金と人脈に物を言わせたようだ。特待生として入学した娘だが、王子と同じ学力の上級クラスに入れたのは賄賂があったからだという噂もある」
「あらやだ、きな臭い」
とはいえ、確かに私もベルリナ子爵とやらには聞き覚えがある。
今の子爵は三代目だが、初代が確か結構な商人でそのツテを使って飢饉だか疫病だかに尽力したんだとか。それで男爵位を賜ったのだけれど、その後、小さな戦争で二代目が高位貴族を庇ったかなんかでこれまた陞爵して現在の子爵になったと。
初代、二代目と立派な領主だったけど、三代目は絵に描いたようなボンクラとはこれ如何に……ってやつである。領主としても能力があんまりないって話だからなあ。
「で、そのエミリアさんってのが今回の婚約破棄に関係しているんだっけ?」
「はい……」
特待生として編入したエミリアは、貴族としての自覚がとにかく薄いものだからイザベラちゃんはハラハラしていたらしい。
大口を開けて笑う、男女ともに関係なく話しかける。婚約者の有無とか気にしない奔放さだったんだとか。
まあ市井ではそれって普通の光景だけど、上に立つ者を育てる学園ってなると当然のごとく周囲は貴族が殆ど。
特待生として入学する一般市民なんてほんの一握り、それも相当有能で、どこぞの貴族やら学会やらが推薦してくるレベル。
だから自然と序列とかを理解した振る舞いができている人たちが多いので、エミリアさんとやらの行動には多くの人が目を丸くしたらしい。
「学園では、討論などをするにあたり身分を慮りすぎて意見を言えないようでは困ると言う理由で“平等”を謳っておりますけれど……」
「あー、いるよね。平等って言葉をはき違える人」
平等、それはとってもいい響き。
でもよく考えなくてもわかる話だ。理由もなく働きたくないからって理由で乞食になった男と、金を稼ぐためにあくせくしている男、それで同じだけの金を手に入れられるはずがない。
私たち冒険者が掲げる自由と同じだ。
完全なるモノなんて、ありゃしない。
でも時々いるのだ、『人間は皆平等だ、地位や身分など廃するべきだ!』とか『人は皆自由だ、誰に媚びることなく、国に囚われることなく生きられる!』とか。
聞こえはいいけど、実際には国ってのは要するに、リーダー格がいて互いを守る群れだ。群れのリーダーを敬わず、群れは形成できるだろうか?
そこには序列があり、ルールがあって、それを守るから庇護されるのだ。
同時に自由はそこから抜け出すことだ。
何があろうと自己責任、他者に甘えて美味しいところだけ得るなんてできるはずもない。
そうなれば結局努力は必要だ。
「次第に授業に遅れてくるようになり、宿題もやらぬようになり……聖女としての資質もとても高いと思うのですが、どうにも能力を持て余し、上手く使いこなせないと悔しいのか泣いてしまうところがあって……」
「待って本当にその子同級生なのかな?」
メンタル幼稚園児じゃない?
思わずツッコんだ私、悪くないと思う。