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「俺が聞いた話によると、さすがに大勢の前で婚約破棄を叫んじまったから取り返しがつかないってことになって、ペリュシエ侯爵令嬢が次の婚約者に据えられたそうだ。まあ、他にも二人ほど婚約者が既に内定しているが……」
「……そう、ですか……」
まあそれは私もイザベラちゃんも想定内。お互い顔を見合わせて頷き合った。
問題は、彼女に対する処遇をどう取り決めるのかって話だけど……国王不在の状態じゃあ、当面このままかな。
「今のところ、辺境伯からの手紙を受けての反応は色々だな。婚約破棄自体をなかったことにしてイザベラを連れ戻すって連中もいるようだが、カルライラ辺境伯は中立的な立場である以上あちらさんのどの派閥も迂闊に手は出せないと思っているようだ」
「それに、『幻影』の名が思ったよりも影響を及ぼしている」
「およ」
ジャーマンポテトを突っつきながら私は予想外の話に驚いた。
確かに『幻影』という私のご大層な二つ名が、彼女を保護するのに役立つだろうとは思ってたけど……影響とは穏やかじゃないな?
「んで? 二人は今後どうしたいと思ってるか、話し合えたのか?」
「ああ、うん。イザベラちゃんは私の妹として生きるってことで話はまとまってる」
「……イザベラ、念のために聞くけど押し切られたわけじゃないよな?」
「オイコラ、そこの馬鹿力やるってか? 喧嘩なら買うぞ? いつまでもお前の方が上だと思ってくれるなよ?」
まあ正直正面から一対一で戦ってもまだディルムッドに勝てる気はしないんだけどね!
でも昔よりは私も強くなっていると思うから、結構いい線いけると思うんだけどなあ……。
そんなことを思う私の挑戦的な発言にディルムッドは嫌そうな顔をしてひらひらと手を振った。
「よせよせ、そんなことしたらこの一帯がクレーターなっちまう上に俺が叱られるだろうが」
「誰に」
「フォルカスに」
「なんで」
「なんでってそりゃ、お前……」
「いい加減話が進まないんだが、いいのか」
なにかを言いかけたディルムッドを遮るようにして、呆れた様子のフォルカスがそう言ったので私たちは顔を見合わせた。
それは困る。じゃれ合っている場合ではなかった。
私は大人しく話を聞く姿勢に戻り、イザベラちゃんはそんな私たちのやりとりに目を丸くしていたけど、彼女は彼女ですぐに気を取り直したようでディルムッドに向かって真っ直ぐに視線を向けた。
「はい、わたくしはわたくしできちんと考えての結果です。本来ならば修道女になり、聖女として活動できないまでも国民に尽くすのが貴族の在るべき姿と考えておりましたが……わたくしはすでに貴族ではないと、アルマ姉様は仰いました」
そう、この一週間一緒に過ごす中で何度も話し合ってきた。
イザベラちゃんは貴族として、裕福な生活も高度な教育も、全ては民の税から成り立ち、民に還元するための物……という気高く立派な考えを持っていた。
だけど、そんな彼女を王子は捨てたのだ。
なら、彼女が今まで犠牲にしてきたものを取り戻そうとするのは当然じゃないかなって私は思うのだ。
勿論、何もせず堕落していけばいいってことじゃない。
貴族でいなくたって、誰かの為に行動することはできるのだ。そして私はそれを手助けできるだけの力もある。
なら、貴族として……とか、王子の婚約者として……なんて考えはとっぱらった『イザベラ』という個人がどう生きていきたいか、それが大事だった。
ただ、彼女はこれまでそんなことを考えた経験がなかった。
公爵の娘として生まれ、幼くして王子の婚約者となり、ゆくゆくは王妃になる。そんなレールをひた走らされてきたのだから当然と言えば当然。
だから、たくさん話したし、町中に行って彼女が見たこともないものをたくさん見せた。
その結果が、彼女が導き出した答えだ。
「貴族としてという考えではなく、わたくし個人の気持ちを考えるゆとりをアルマ姉様は与えてくださいました。わたくしは、貴族でなくともこの身に宿す魔力や知識を使い、誰かのためになにかをする……誰かに言われるのではなく、わたくしがそうしたいと思う道を歩みたいと思っております」
「……そうか」
「それはきっと、今まで誰かに定められた道を歩むよりもずっと困難なことかと思います。今のわたくしは、無力ですから……ですけれど、アルマ姉様はそれでいいと許してくださいました。ですから、わたくしはアルマ姉様の妹として、これから生きていきたいと思っております」
ちょっと! うちの妹が!
こんなにも! 可愛いんですけど!!