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「おっ、いい匂いだなー!」
「まあ、ディル様! ごきげんよう」
にっかりと笑ったディルムッドの姿に、イザベラちゃんが目を丸くする。
慌ててお辞儀をしようとしてドレスではないことを思いだしたイザベラちゃんが照れちゃってそれがまた可愛い。はい、可愛い。
結局ちょこんとエプロンの端っこ持ってお辞儀したんだよ、可愛すぎるでしょ……!!
「おいおい、まだ慣れてないのか?」
「は、はい……申し訳ございません」
「あ、いや。責めているわけじゃ……」
まったくもってこのバカ男め。
ディルムッドはディルムッドでイザベラちゃんのことを心配してくれている。それは長い付き合いである私にはわかっている。
けど、このぶっきらぼうな物言いでは伝わる物も伝わらない。
まあ、なんとなくわかっているからこそイザベラちゃんもディルムッドのことを愛称で呼んでいるんだけどね。そのことコイツ、わかってんのかね?
「一週間やそこらで十年以上受けてきた教育を崩すなんて無理があるでしょ、むしろアンタはご飯時を狙って来るの止めたら?」
「フォルカス、フォローないのか」
「難しいな」
ディルムッドの情けない声に、彼の後ろにいたフォルカスがばっさりと切り捨てる。
もうこの家で何度となく見てきた光景だ。
……暮らし始めてたかだか一週間程度で見慣れるってどういうことだ!
っていうか人の家で寛ぐな!
ディルムッドは外面を気にする男だけど、イザベラちゃんの前では素を見せるようになってきている。
そして全身ローブで身を包んでいたフォルカスも、家の中ではローブを脱いでいる。
まあ当然と言えば、当然だけども。屋内だしね。
ただね? それが私とイザベラちゃんの家だってことが問題なんだけど!?
「毎回すまないな」
「……もう慣れてるからいいけど、次からは食材も持ってきてもらっていい? ああ、ローブ貸して、綺麗にしとくから」
「感謝する」
フォルカスが柔らかく笑う姿に私はなんともないかのように返しつつ、ため息を押し殺した。
はあ、何度見ても綺麗なお顔ですこと!
彼が全身ローブで顔とかを隠しているのには理由がある。
美形だからってわけじゃない。それは肌と目、それに髪の色を隠すためだ。
この世界はファンタジー世界よろしくカラーリングも様々だけど、まあ土地柄ってのがやっぱりある。
今いる国は肌が白く、髪の色は茶色が多く、魔力を多く含みやすい貴族達に金や他の原色に近い色合いの髪色が表れやすい。
彼の名前は北方の国特有のもので、その国の人間は殆どが黒髪に白い肌、青い目をしている人が多い。
そんな中、フォルカスは浅黒い肌に赤い瞳、それに白い髪だ。
加えて美形で超がつくほどの凄腕冒険者ともなれば、周りの注目度はとんでもない。
そういった視線から逃れるために彼はフードで全身を覆い、手袋も嵌めて決して姿を見せないっていう徹底ぶりだからね……。
(魔力反転って事象らしいけど、ほんと厄介だよね)
魔力が強すぎるせいで正反対の色合いになったってだけらしいけど……まあ、奇異の目で見られるのは確かだ。国元じゃあさぞかし目立っただろう。
もし他の人と同じようなカラーリングだったなら、モッテモテでディルムッドが表向きやっているようなお調子者だったかもしれない。
(……ないか)
魔法でフォルカスのローブを綺麗にする。
そしてハンガーに掛けて戻せばいっちょ上がり。
「イザベラ、夫婦みたいなやりとりしてるけどあれであの二人付き合ってないからな」
「そうなんですのね……」
「こらそこ! 妙なこと吹き込むんじゃない!!」
ディルムッドがイザベラちゃんにそんなことを言えば彼女まで『そうなのか!』みたいな顔しているじゃないか。
可愛いけども。可愛いけども!!
「どうかしたのか」
別のことをやっていてフォルカスには聞こえてなかったらしい。っていうかディルムッド! てめえわかってたな!?
(ああそうさそうさ、私はフォルカスが好きですよ大好きですよ片思い歴片手で足りませんけど何か!!)
思わずディルムッドのやつを睨み付けてやれば、ジャーマンポテトにフォークをぶっさしてニヤニヤ笑っている姿が見えた。
ヤロウ、後で泣かす。
「で!? アンタたちタダ飯もらいにきただけじゃなくてちゃんと情報探ってきてくれたんでしょうね!!」
「無論だ。……ところでアルマ、何を怒っている」
「フォルカスは! 黙ってて!!」
事情があって性癖はノーマルだけど、当面誰とも恋愛とかお付き合いとかはするつもりが一切ないって彼らが話しているのを耳にしちゃった私のこの恋心、知ってるくせに時々からかうディルムッドがほんとーにむかつく!!
いつかイザベラちゃんにお前の酒場での失敗談とか猥談とか聞かせ……聞か……いや、聞かせられないな、可愛い妹の教育に悪いな……。
(よし、明日はディルの嫌いなピーマン料理を作ろう)
どうせこいつら、明日もご飯食べに来るでしょうし。
いい復讐案を思いついたところで私たちは食卓を囲む。
と言っても、昨日作った残りのスープに先ほど作ったジャーマンポテト、それからイザベラちゃんが切ってくれた(ここ強調)バゲットと果物だけどね。
「それで? 城の内部について様子はわかったわけ?」
「え!?」
私の問いかけにイザベラちゃんの方がぎょっとしたようだった。
まあそりゃそうだろう、王城内部についての情報を一週間足らずでホイホイ取ってこられるようでは困る。
高位貴族なら、当たり前のように間諜や裏切りを想像するだろうと思うけれどそこはまあ、こちらも冒険者なものだからツテくらい結構あるんだよね。
特に、ディルムッドは見かけによらず貴族関係に強い。
それは彼の血縁関係によるものだけど……まあ、そこら辺はまだイザベラちゃんには早いかな。
「それなりに俺も高位貴族に知人がいるんだ」
クッと喉で笑うようにするディルムッドは意地が悪そうな顔をしている。まあ、碌な知り合いじゃないんだろうと想像できるような表情だ。
それはイザベラちゃんも感じ取ったのだろう、なんとも言えない顔をしていた。
「とりあえず、まだ国王と公爵は国に戻っていない。あちらの祭典で話を聞いたとはいえ、とんぼ返りできるような距離でもないしな」




