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イザベラは少しだけ迷ったようだった。
部屋を出て廊下に立ちすくみ、来た道を振り返り、先へ行く道を見る。
選ばせるのも可哀想かなと思うけど、そこはそれ。
人生は選択の連続だとおねえちゃんは思うので、選べるタイミングではイザベラなりに選んでいいと思うんだ。
イザベラはこれまでの人生で、公爵令嬢として生まれたからには……みたいな感じであれもこれも決められた生き方をしてきて、そしてそこから開放された女の子だ。
私と出会って、一緒に暮らし始めて〝選ぶことができる〟ということを知ってどんどん楽しくなっていくイザベラの明るい表情を見るのは、とても楽しい。
時には勿論、楽しくない選択だってしている。
私が全部手を引っ張っていってあげてもいいけど、イザベラには選ぶ力がある。
いやなものと抗い、向かうだけの力があると私は思っている。
(だから、今イヤだって思うならそれでもいい)
イザベラだってただ何も知らない子供じゃないのだ。
その意見は、尊重していいと考えているし、イヤだと思うにしても彼女なりの理由があるはずだ。
「……わたくし、聖女ですが聖女ではないと、思うのです」
「うん」
「でもあの男はわたくしのことを〝聖女の器〟と呼びました。そして始まりの聖女と、古代王国に居た聖女……」
「うん」
「わたくしは、きっと無関係ではないのでしょう」
そう言葉にしたイザベラは、私を見てニッコリと笑った。
私はその笑顔に、心が決まったんだなあと理解して手を差し出した。
迷うことなく先を歩き始めた私にイザベラは何を言うでもなく、寄り添うようにして歩く。
「それにしても先ほど、あの男をぶん殴ったのは大変スカッといたしましたわ!」
「イザベラ、言葉が色々混じってる」
「あら、いけない」
私の指摘に笑うイザベラのその指先が、少しだけ震えているのに私は気づいている。
そりゃそうだ、わけがわかんないこの状況で〝聖女の器〟なんて呼ばれて怖くないはずがない。
人間、得体の知れないことってのが一番怖いんだから。
「しっかしこの回廊、どこまで続いてるんだろうね」
ダンジョンのセオリー的に言えば扉か、或いは下に続く階段か。
まあ中には意地の悪いタイプもあるらしいので一概にそうとは言えないけれど……少なくとも〝ダンジョンの主〟を名乗る相手が我々と会いたいと言っているんだから、そこまで妙なことはしないだろう。
……しないよね?
あの仮面ヤロウの態度を思うとちょっと心配ではあるけど、まあ私たちなら大丈夫でしょ!
「姉様」
「うん?」
イザベラが指し示す先は、建物に入る入り口だ。扉はない。
その向こうは私たちが立っている場所からでは中が見えず、そこには暗がりの中ヒラヒラと飛ぶ青白い蝶がいるだけだ。
「……ただの蝶じゃなさそうだけどねえ」
だけど敵意はなさそうだ。
警戒は続けつつ、私たちは堂々と歩いてそこに行けば青白くて綺麗な蝶はひらりと私たちの周りを飛んだ。
どこからか、声が聞こえる。
『先ほどはわたしの部下が大変失礼をいたしました。本来ならば直接出向くのが礼儀でしょうが、わたしは事情があって場を動くことができないのです』
「……あなたが、ダンジョンの主人なのですか?」
蝶からなのか、それとも空間からなのか。
イザベラがおずおずとそう問いかけると、それまで暗がりだった建物の中が急に明るくなった。
(松明か)
随分古めかしいものなのだし、建築様式もやはり古いもののように思える。
そしてなんというか、私は王城や神殿に詳しいわけじゃないけれど……。
『これより先、地下へ続く道がございます。かつての記憶に寄ればそこは宝物庫であり、そしてこの国を守るためにわたしが最後の力を使った場所でもあります』
「……本来なら、途中の階層があるんじゃないの?」
『そうです。けれど、もう時間があまりない。わたしは、貴女たちに話しておかねばならないのです』
「……話す……?」
蝶から聞こえていたらしい声が途絶える。
ただひらひらと、私たちを誘導するように先へと進む。
ひらりと舞う蝶に誘われて、私たちは顔を見合わせてから歩みを進めた。
まあ攻略だけが目的じゃない、というか最終的にはボスの所に行くのだからある意味攻略ではあるのだし、間違いではないのだ。
そもそもあの仮面男に対して攻撃的だったのは最初あっちから喧嘩を売ってきたからであって、私は悪くない。
……まあちょっとやり過ぎたとは反省している。あれは大人げなかった。
『こちらです』
階段を下りて、その先に無骨な扉が見えた。
きっと鍵はかかっていないし、罠もないのだろう。
私が扉を開こうと手を伸ばしたのを制して、イザベラが扉を開けた。
「ようこそ、ご足労をおかけいたしました。どうぞ中へお進みください」
響く声は今度こそ肉声のようだ。
ひらりと舞っていた蝶は闇に溶けるようにしていなくなってしまった。
中は思った以上に広く、金銀財宝が四方に散らばっている。
床にはカーペットも敷かれていて、ただの宝物庫というよりは……避難所も兼ねていたのだろうか。
そしてその一番奥まったところに、ここに似合わない豪奢な椅子があり、そこに椅子とは対照的に質素な格好をした女性が腰掛けていた。
傍らには、あの仮面男が膝をついた姿で佇んでいる。
「改めまして、ようこそ。わたしの名前はイングリッド……始まりの聖女を悪魔の力を借りて封じた聖女です」




