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「ぶちのめす? ぶちのめすと言ったのか? なんと下品なことだ! それに加えて頭がおかしいときた!」
私の言葉に笑う男の方もなかなかに下品な笑い方なのでこう言っちゃなんだが、同レベルだぞお前!
まあ私は優しいからそのことを教えてはやらんがな!!
さて、ぶちのめすとかっこよく決めたが何も真っ向から力勝負なんざ考えちゃいない。
いくら魔法で肉体強化できるからってゴリゴリのパワーファイターであるディルムッドみたいな馬鹿力を元々持っているわけじゃない私ではゴーレムを砕くなんて難しい話だ。
単なる岩程度ならなんとかなるだろうけどね!
でも目の前にいるゴーレムは岩よりも金属、そして金属をさらに魔力がコーティングしているような存在だ。
(まあ、防御ガッチガチで魔法にも耐えられるってところか)
その上、無機物だから体力勝負となれば普通に考えればこちらが不利というやつである。
普通に考えればね。
でもあの仮面ヤロウは直接ぶっ飛ばす。絶対にだ。
(イザベラのことを、聖女の器なんて呼び方した代償はデカいんだって身を以て知ってもらわなきゃね)
過保護? いいでしょ、別に!
練った魔力は十二分に満ちている。
私の二つ名〝幻影〟はあくまで私自身の存在感がないっていうか、没個性っていうか……とにかく目立たなかったからついただけで、私の得意魔法そのものは別だ。
うん、言っていて自分で物悲しくなる謂れだな!!
「さあ、お手並み拝見しようじゃないか。お前のような小生意気な女はひれ伏せばいいのだ!」
「偉そうな口を叩くのだけは一人前ねえ、このド三流!」
イザベラには下がるよう手で示し、私は剣を抜いたまま走り出す。
スピードで相手が劣ると最初から侮るつもりはない、これまで冒険者をやっている中でそうした先入観からやられていくヤツらを私はこの目で何人も見て来た。
可能性はすべて思い浮かべてから事実だけを理解する。
そうすれば敵を砕くに必要な物事を理解し、そして敵わないならば逃げる糸口を探れるだろう……なんてフォルカスは前に言っていたっけ。
私の魔力は結構多い。
それは前世の記憶を取り戻したおかげによるイメージトレーニングが誰よりも豊富だったからだ。
この世界ではイメージこそ力だというのは知られているが、想像力を働かせるにしたって試行者の限界を超えたら意味がない。
だからみんな〝自分の身が大丈夫な範囲で〟イメージする。
でも私や……他の一部の人間は、違う。
自分の魔力が増えるイメージ、それを霧散させず、一時のこととさせず、自分のものとする方法を見つけている。
そうした連中は人にそれを説くのが苦手だったり、説明を面倒くさがったりとまあ……変わり者が多いとされているんだよね、遺憾ながら。
ゴーレムはやはり思った以上に素早い動きで私に向かって攻撃してきた。
しかし部屋を破壊し尽くすような行動は制限されているのか、あるいはイザベラを傷つけないように気を遣っているのか、どこか動きに精彩を欠いている。
チラリと視線をゴーレムから外して仮面男に向けたけど、イライラしてそうだ。
カルシウム足りてるか? お?
煽ってやりたいところではあるが、実のところ私だって余裕があるわけじゃない。
冒険者で一流なんて呼ばれちゃいるが、それは〝勝てる勝負〟と〝引き際〟を理解しているからこそだ。
この世界、生き残ってナンボだからね!!
「おっと」
さすがにいくら強化してイザベラの防御魔法も入っているとはいえ、あんな巨大な鋼に勢いよく殴られたらタダじゃ済まないことくらい想像できる。
魔族と戦うのとはまた別物で怖いよねえ、ぺしゃんこだよ!
私はそれよりも早く動けるように魔法を駆使して強化と、そして補助を加えるだけだ。
そして振り下ろされるゴーレムの腕を駆け上り、肩に乗り、仮面の男を僅かに見下ろせる位置に辿り着いて笑みを浮かべてやった。
「知ってるわよね、魔法はとても強いけれど、無いものは作り出せないし、知識にないものを有益に使うことは難しい」
「……子供でも知っている」
そうだ、火があれば燃える、火薬に引火すれば爆発する。
ごくごく小さな、専門性がなくても知識さえあればイメージはできる。
だけど見たことも聞いたこともないイメージを発動させると、それはただの暴発に終わる……という例が過去に存在している。
「そうよねえ」
ニコニコと笑う私を怪訝そうな顔で見ている仮面男をよそに、ゴーレムは私を捕まえようと手を伸ばし、己の肩を殴っていた。
私はゴーレムに触れる。触れてどうこうなる魔法ってのもあるけど、この巨体にそれをかけるのは面倒極まりないのでしていないと判断してのことだけど、案の定。
「魔力は、魔力で打ち消せて」
練りに練った魔力の塊をぶつければ、全部とまでは行かずとも一部に歪みが生じる。それで十分だ。
「イメージを明確にできれば、魔法は正しく使える」
「この巨大なゴーレムを? 魔力で覆われたものを、内側から崩すにしても核の位置もわかるまい。それともその歪みから魔法をぶち込むとでも? やってみるがいい、その金属は魔法を通すまい!」
「やだなあ、そんな手間をするわけないじゃない」
「……何?」
私が生み出すのは、小さなイメージだ。
一部だけ溶けるイメージ、赤く、赤く、赤を越えて金色になってしまう金属の小さな波をイメージする。
全体からすれば大したダメージになりゃしない、でもそれで十分だ。内側に穴を開けた、それだけで。
くぼみが生まれたそこに、私は剣を突き立てる。
「それでどうするって?」
笑う仮面男に、私も嗤った。
「こうする」
私は剣を起点に召喚の魔法を行う。
そう、以前契約をした木の大精霊を。剣と一緒に埋め込んだ、ダンジョン一階の植物たちのタネが芽吹くように、力を得るようにとね。
あっという間にツタに飲み込まれたのはちょっと予想外だけど……だって思った以上にキモいわ。綺麗だけど。
核までコレは根が張ったのかな……?
ま、まあ思ったのとは大分違うけどこれはこれでオッケーだろう。
「残すのはアンタだけね」
「ちょ、ちょっと待て、なんだ貴様何を……!」
予想もしなかった方向で私がゴーレムを倒したことに随分と男は狼狽しているようだけど、そんなことは知らない。
きっと今の私は、とてもいい笑顔を浮かべているに違いない。
「この手でぶちのめすって決めてたんだあ」
うちの妹を守るためなら、おねえちゃん容赦なんてしないんだからね!!




