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いくつか参考になりそうな魔法書を拝借して、私たちは図書館を出ることにした。
もしかしたらダンジョンを出た後にこれは消えてしまうかもしれないし、残るかもしれないし、その辺はダンジョンの気分次第ってヤツだろうと私は思っている。
そもそもダンジョンドロップってのは不思議なもので、ダンジョンにとって餌となる私たち冒険者を呼び込むための餌がドロップだという考えもあれば、ダンジョンはただそこにあるだけなのでそこで生成されたものはダンジョンにのみ存在する記憶の欠片のようなものだとする考えもある。
実際、ダンジョンで手に入れた山のようなお宝が外に出てみたら一部を残して消えてしまった……なんて記録もあるくらいだしね。
でもまあそっちの方がレアケースなので、持ち物と体力に余裕があるなら持って帰ってみるってのはダンジョン探索において一つの方法なのだ。
私みたいに無限大のインベントリ持ちでもないと本なんて……って言われるのがオチだけどね!
「いい本があって良かったねえ」
「本当に! この古代種の図鑑なんて王立図書館の禁書庫でしか見たことはありませんわ!」
「錬金術の本もあったし、色々試してみたいのがあるよね」
「料理の本などもあるだなんて、本当に様々な本があって……この図書館はきっと皆に愛されていたのでしょうね」
「……そうだね、ここから出たらその料理、試してみようね」
生活に根ざしたことから大切な伝承、法律に関することまで多岐に渡る蔵書の数々。
当時は大勢が閲覧していたのかもしれない。
私たちが読書している間も穏やかに、静かな時間を提供してくれたのはダンジョンなのか、この図書館そのものなのか。
ここまでは穏やかな道程だったし、宝物狙いの冒険者だって立ち寄ることは立ち寄るだろうけど……きっと図書館なんて宝物の一つもない場所だってことでさっさと立ち去るに違いない。
ああいや待て、フォルカスもきっと入り浸るな。
ディルムッドに文句言われて、持てるだけ本を持って行くな……。
しかも絶対にディルムッドに持たせるよね……。
この場にいない二人を思い出して、思わず私が笑ってしまえばイザベラがキョトンとした表情を見せる。
「いや、ここにフォルカスとディルムッドがいたら私たちの三倍は本を持って行くだろうなって」
「ああ……フォルカス様でしたらこの部屋の蔵書全てを持って行くと言いかねませんわね……」
「本当よね」
「……お二人とも、お元気でしょうか」
「そうだねえ、ここを探索し終えたら、手紙でも書こうか」
「はい!」
ふと名残惜しくなって私とイザベラは図書館の中を振り返る。
いやあ、本当に居心地が良かったんだよね。
「……って、おやあ?」
それまでたくさんの書架に、利用者が読みやすいよう配置されていた椅子。
それらが奥から順に、砂へと姿を変えていく。
崩れる砂の山、それらは一歩一歩私たちに近づく影と共に起きる現象だ。
私はイザベラを庇うような形で剣に手を伸ばし、魔力をより一層練り上げていつでも応戦できるようにやや腰を落とし、前を見据えた。
穏やかだったこの部屋が、一変して重苦しい空気に満ちた。
それだけで臨戦対応に入るのは、当然だ。
「どちら様かな?」
私たちの前に立ったのは、神官服に身を包み、その顔を仮面で覆った男の姿だ。
でも、どう見たって友好的とは言えないその殺意に私は構えを解くことなく声をかけた。
そしてそれに応じるように、男は手を合わせるようにして私たちに緩く腰を落とした。
消えない殺意、それに似合わない礼儀に背後でイザベラが警戒を強めたのを感じる。
「客人よ、良くぞ参った。主がお呼びであるゆえ、ついて参れ」
「……へえ、客に対してちょっとばかり居丈高じゃないかしら?」
「聖女の器を連れている者を我は信じておらぬ。下手なことをせぬようにな。手加減を忘れて客人らの手足をもいでしまいかねん」
顔の半分を覆う仮面の下で見えている口元が歪に笑みを作るのを見て、私も挑発的に笑ってみせる。
「主ってのには会いたいけど、アンタに大人しくついていくのは良くなさそうね。自力で行くからお待ちくださいって伝えておいて」
「生意気な小娘め!」
瞬間、ぐわっと膨れ上がった殺意に部屋中の砂が集まり、一つの塊となった。
大きなゴーレムは入り口付近で見かけたものに似ているが、おそらく強さは桁違いってところか?
男は私たちを睨むようにしてまた笑った。
いいや、明確に、嘲笑った。
「では置き土産をくれてやる。生きてこの土地から出たいならば、我が主に伏して願うほかないのだ。こやつに勝てねば行くも戻るもできぬと思え!」
哄笑した男に私はただにんまりと笑って返す。
ああ、こういう輩には言葉よりも、もっといい返事があるよね。
「イザベラ」
「はい、姉様」
「あいつ、ぶちのめすわ」
「承知いたしました!」
自分で言っておいてなんだけど、そこ、承知しちゃうんだ?




