3-23
「ね、ねえさま……たい、大変ですわ!」
「うん? どしたの」
しばらくは静かな時間が続いていた。
窓からはそよそよとした穏やかな風吹き込み、カーテンを静かに揺らす。
日差しは温かく、ともすれば絶好のお昼寝日和なのではと思うほどに穏やかな時間だ。
いや、ここダンジョンの中なんだけど。
この風や日差しの出所? 気にしてはいけない。
なんの記憶を元にこのダンジョンが構築されているのかまだよくわからないが、とりあえずここが穏やかなのは真実なのだ。
(寝そうだったわあ……)
何かのトリガーを起動してトラップが発動だの、魔物が攻撃してくるだの……そういう可能性を孕んだ静けさであると理解してこの空気を享受する分には誰の迷惑にもならないからいいだろう。
探知魔法はきちんと発動させていたわけだし!
それはともかくとして、それまで真剣に本を何冊も読んでいたイザベラが焦ったように立ち上がり、私に向かって本を突き出してきたことには驚いた。
いや本当に。
普段からお上品だし落ち着いた立ち居振る舞いをするイザベラがこんなにも大慌てするなんてどうしたことだろうと、私も差し出された本を受け取って目を落とす。
いやしかし、これ。
「……ごめん、ちょっと特殊な古代文字までは網羅してないなあ……」
見たことないわ。
いや、似たようなものは見たことがあるけど……おそらく違う代物だ。
それに対してイザベラは大きく頷いた。いや、読めないのわかってた?
「読んでいただきたいわけではありません。その文字が読めないのは、当然のことかと思うのです。何故ならばそれは、聖女として働き、その後も聖女育成に携わる立場にある者だけが学ぶことを許された特殊な神聖文字の一種なのです」
「……神聖文字」
聞いたことがあるっていうか、私も簡単なものなら読める。
神官なんかが独自に学ぶものなので、知り合いにいれば関係性次第ではチョロッと教えてもらえたりするものなんだよね。
でもまあ、そんな私でも見たことないタイプの神聖文字だな。
「結論から申しますと、ここは王城ではありません。古代王国の、神殿になります」
「神殿?」
神殿か、なるほど。それなら荘厳な装飾や広い建物なのも理解できる。
今でも信仰は人々の助けだし、それの影響もあって政治にも口出しできるほどの勢力があるし……どこの国でもメジャーな宗教じゃあ指導者が信仰する宗教が力を持つものだしね。
「そして、この書は国の歴史を記したものになります。ですので、とても古い神聖文字になります……わたくしも、大神殿の奥で保管されている聖書の原本でしか見たことがございませんが、そのくらい知る者が限られている文字かと思います」
「へえ……」
「わたくしは聖女として公爵令嬢として、いずれ王妃となる予定でしたから……以後の聖女育成に携わる立場として特別に学ばせていただきました」
「なるほどね。で、何が書いてあってそんなに驚いたの?」
「そうですわ! ……この歴史書によると、かつて古代王国も瘴気に冒され国が危機に晒されたそうです」
「へえ」
じゃあ滅亡したのはそれが理由なのか。
だとしたら確かに瘴気云々が伝わっていない現代では〝謎の滅亡〟って言われるのも無理はない話だ。
でも瘴気ってのはこれまでの話を聞いている限りジワジワと人を追い詰める感じであって、人の記憶から消えるくらいあっさりと滅亡ってイメージはないんだけどな。
私がそう言うと、イザベラは首を横に振った。
「いいえ。端的に申しますと、その際に始まりの聖女様が訪れてくださったおかげで助かり、この国は聖女信仰をする宗教国家になりました。けれど、年月を重ねる間に聖女様に対する不満や不信が募った結果、袂を分かつと決め……その結果、聖女によって滅ぼされると記されているのです」
「……え?」
聖女が、国を滅ぼす。
なにそれ、相当なパワーワードなんですけど!




